波打ち際。
穏やかな風が吹いている。水辺に近付くと足元に小さな波が押し寄せてくる。
「海を見るのなんてほんと久々だ」と僕は思う。
秋の終わりの夜、大学院の酔狂な連中と突然ドライブに出かけることになって夜明けを見て以来だ。
途中立ち寄ったコンビニでワインを買って、紙コップに注いで乾杯した。
酔っ払った僕の恋人は裸足になって波の中に入っていった。
みんな笑い転げていた。
海辺の風景をいくつか携帯で撮影した。
ボタンを押すだけの状態にして女の子に渡すと、女の子は僕の立ち姿を撮った。
操作して撮れた写真を見せてあげると、そこに映っているものを真剣に眺めた。
僕の姿は光と影の織り成す模様でしかなくて
その色彩的感覚を不思議に思いながら見つめている、そんな感じだった。
僕は携帯を受け取ると女の子をカシャッと撮影した。
僕は「きれいに撮れた」と思うのだが、女の子に見せると即座にプイと顔を背けた。
ザザーッという波の音、鳥の鳴き声、子供たちの笑い声。
よちよち歩きの子供が砂の上を駆けていって、まだ若い母親がそれを見守っている。
小さなナップザックを背負って、ベビーカーに片手を乗せて、
もう片方の手はスターバックスかどこかのアイスコーヒーのストローを口元に運んでいる。
女の子は乾いた砂の上に腰を下ろすとスケッチブックを開いた。
あれだけ僕に見せるのを嫌がっていたのに、僕にもはっきりと見えるように開いた。
背後に立って後ろから覗き込んでも反応しない。
僕の存在が全然気にならないかのようだった。
スケッチブックのページはまだ、真っ白な無地のままだった。
女の子は色鉛筆のケースを開けると黄色の鉛筆を取り出した。
輪郭を描いたりせずに、シャシャッと撫でるように鉛筆を滑らせていった。
「砂」ということか。
地の部分を手早く塗り終えるとその上にさらに薄く青を散らばせて、
続けて灰色を、丁寧に時間をかけて重ねていった。
地面が出来上がると真ん中部分である「海」に取り掛かった。
波を揺らすように女の子は手首を動かしていった。
最後は「空」。鉛筆を走らせる前に女の子は顔を上げて目の前の空を眺めた。
ある一瞬が来るとスケッチブックの中に吸い込まれるように戻っていった。
青い空に白い雲がぽっかりと浮かんだ。
「たいしたもんだ・・・」と僕は思った。驚かされた。
スケッチブックを常に持ち歩いているのだから
それなりに絵が好きな子なのだろうと思っていたのだが、ここまで描けるとは。
書き終えた瞬間、そこで初めて僕のことに気がついたかのようにハッとして
恥ずかしそうにしだした。
スケッチブックをバタッと閉じると両腕で抱え込んだ。
「上手だね」と僕は言う。
「ううん」と言いたげに彼女は首を振る。
急に立ち上がると砂浜を歩き出した。
僕はその後を追っていった。
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