ジャ・ジャンクー監督の最新作「世界」を
土曜の夜、吉祥寺のバウスシアターにてレイトショーで見た。
前から気になっていて「見たい見たい」と言ってたんだけど
銀座で上映されていたときにはタイミングが合わず見に行けず。
ようやく見ることができた。
北京の郊外に実在するテーマパーク「世界公園」が舞台。
園内にはミニチュアのピラミッドやマンハッタンの高層ビル群、ピサの斜塔、ロンドン橋、
エッフェル塔やタージ・マハール宮殿などなど世界の観光名所が配置されている。
(日本だと「東武ワールドスクエア」みたいなものだろうか。行ったことないけど)
世界の縮図。
予告編で、園内を一周する小さなモノレールに乗って、中国にも普及し始めた携帯で
「今、北京。もうすぐインド」と言ってるのが印象的だった。
主人公の女性タオはここで働くダンサーで、各国のきらびやかな衣装を着て昼も夜も踊っている。
夜毎開かれるステージは発展する中国さながらの豪華絢爛たるもので、
大勢の観光客を集めている。
地方の都市から出てきたタオは26歳、
古株で他の若いダンサーたちから「姐さん」と慕われているものの
ここでダンサーを続けていたところで明るい未来が開けているわけではない。
日々の暮らしも園内のきらびやかさとは裏腹に地味なものだ。
ステージの裏側の薄暗い洗面所で衣装を洗って、
狭苦しい寮の中でルームメイトと寝泊りしている。
来る日も来る日も仕事ばかりで、彼女は基本的にこの「世界」から抜け出すことができない。
恋人のタイシェンは公園の警備員でタオとは同郷。
怪しげなハンパ仕事に手を出したりするものの、やはり未来の展望と呼べるものは何もない。
タオとタイシェンの関係もなんとなく惰性で長く続いているだけのようで、
互いが互いを必要とするが、その目的や気持ちはすれ違うことばかりだ。
他にどうしようもないから2人は別れないで多くの時間を一緒に過ごしている。
映画はこの2人を中心とした様々な人間模様を描く。
なんにしてもこの「世界公園」という舞台設定が秀逸。
夢を追い求めて地方から北京に出てくる。
しかし実現する当てもなく追い求める夢もなくなって
北京でそのまま中途半端に働き続けて日々が過ぎていく。
今更故郷に戻れない。それは心情的にもそうだし、
故郷というものは人が出て行って寂れていく一方だからだ。
そして北京の外にも出て行くことができない。
北京というよりも中国から出られない。
出て行きたいと願っていてもチャンスに恵まれず、お金もない。
それでいて主人公たちはこの「世界」のイミテーションに囲まれて、
そこから抜け出すことができない。
「世界公園」のキャッチフレーズが「北京を出ないで、世界を一周しよう」というのが
ものすごく皮肉が利いている。
どれだけの虚構の元に日々の生活が、自分の所属しているこの世界の断片が成り立っているか、
映画はうまく言い表している。
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ジャ・ジャンクーの他の作品を見たことがないんで何ともいえないんだけど、
長回しを多用していてとても野心的な映像。
役者のアンサンブルで全て見せます、というような。テンションの高さが伝わってくる。
しかもビジュアル的に美しかったり斬新だったりする場面の連続。
発展する現代的な中国と、取り残されたような庶民たちの生活の場のコントラスト。
そして「世界公園」そのもののインパクト。
長回しとじっくり着実な語り口のせいで
人によっては「長い」「だるい」と思うんだろうけど、僕は短かった。
終わったあと2時間20分も知って驚いた。
これはいい映画だ。
でもあのラストは好きじゃないなー。個人的に。
プログラムにて蓮實重彦が絶賛してたけど。
(ゴダールの「気狂いピエロ」とランボーを引用してて、「えー?」って感じ)
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見てればすぐに展開が想像つくんだけど
やがてタオとタイシェンの2人の間で「結婚しよう」という話が出てくる。
これがまた明るい未来に結びつくきっかけとしてではなく、
仕事に生活に、2人の関係に、と何もかもが行き詰まって
思い詰めた果てにふと口をついて出た最後通告のようなもの。
打開策ではなくて、無理心中の手引き。
世の中にはこんなふうにして結婚に至る若者たちが多いんだろうな。
中国に限らず、日本でも。