「ノー・カントリー」

コーエン兄弟の最新作「ノー・カントリー」を見に行って来た。
今年のアカデミー賞で作品賞・監督賞を獲得したことで
関心を持った人が増えたのか、日比谷シャンテシネは朝の初回だったのに満席に近かった。
そういえばこれ、去年のカンヌでも下馬評が高かったんですよね。
4ヶ月、3週と2日」とどちらかがパルムドールを取るだろうとされてて。
でも、両方見てやっぱ普通、「4ヶ月、3週と2日」だと思う。


http://www.nocountry.jp/
テキサスの荒野が舞台。
麻薬密売がらみの殺し合いが行われた直後にたまたま通りがかって、
残された現金200万ドルを持ち逃げした男を謎の殺し屋が追いかける。
男のことを知っている保安官もまた、その行方を追う。
話はたったこれだけ。なのにこれがすこぶる面白い。
コーエン兄弟らしくなく、余計なお遊びを一切振り捨てて丹念に描写を積み重ねて、
息詰まる逃走劇の果てに、例によってあっけらかんと人生というものを語ってしまう。
トミー・リー・ジョーンズ扮するところの保安官は
事件を追いかけた果てにアメリカの今を見出す。
善も悪もなく、理由もなく、ただただ悪事だけがなされ、
人が殺されてゆくこの時代というものが、目の前のテキサスの荒野にも広がっている。
何もかもが変わってしまった。
やり場のない寂寥たる思いを内にそっと抱えて、彼は残りの人生を生きていく。
(誰も彼もが殺されて、彼だけがたった一人、たまたま生き残って)


今回のコーエン兄弟については「成熟した」という言い方がぴったりだと思う。
大人になった。遂に。しかも本気出した。
シリアスだろうとコメディーだろうとやんちゃなことばっかりしてて
「ま、面白けりゃなんだっていーじゃん?」って遊び心全開で。
そこが何よりの魅力だったので、今作でそれを封印したとなると
一見つまらなくてボソボソした映画になりそうなもんだけど。
それがそうならないってのが「大人」ってこと。
なんつーのかな。イチイチ悪ノリしなくても余裕シャクシャクで
面白いこと語れるようになったというか。
これまでのようにお茶目な小道具を振りまかなくても
ハビエル・バルデム扮する殺し屋が常に持ち歩いている圧搾空気銃1つで
カラカラに乾ききったブラックユーモアがじんわりと滲み出ている。


何作っても最高だった、神がかってたのは「ビッグ・リボウスキ」まで。
「オー!ブラザー!」と「バーバー」がそれなりによかったけど
往年のキレがなくなったユルイ感じで。
「ディボース・ショー」「レディ・キラー」は正直つまらんかった。
2作ダメなのが続いて、コーエン兄弟は終わったと思った。
それがよもやの復活劇。
映画ファンでよかった。
こんなふうにスティーブン・ソダーバーグも復活してくれんかな。


個人的には最高傑作はやはり「ファーゴ」で、
映画として何かとてつもないことを語ってしまった
芸術的ピークは「バートン・フィンク」これは絶対に揺ぎ無い。
今回の「ノー・カントリー」がこの2作の域まで達したかというとそれはない。
だけど、どこか新しい領域へと踏み込んだようには思う。


殺し屋役のハビエル・バルデムが秀逸。
アカデミー賞助演男優賞獲得も納得の圧倒的な存在感だった。


原作であるコーマック・マッカーシーの「血と暴力の国」も読んでみたくなった。
この人の作品は以前「全ての美しい馬」を読んだことがある。
美しくも荒々しく、気高さに満ちた素晴らしい小説だった。


「つぐない」「ジュノ」「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」などなど
アカデミー賞に絡んだ秀逸な作品がこれから先次々と公開される。
どれもこれも見たいものばかり。
ゴールデンウィークは劇場で映画見てばかりになりそう。