僕は手すりから身を離して、振り向いて町を見下ろした。
何もない町。
中学・高校と出て行きたくて出て行きたくて仕方なくて、ウツウツとした夜を過ごした町。
密度の薄い、ぼんやりとした吹き溜まり。
のんべんだらりとした生活の疲れと、たわいのない悪意。
誰それが見分不相応の車を買ってどうこうといったことを噂するだけの。
それ以外に話すことがないかのような。
そんな町の上に今、白い雲がかかっている。
「ごめんなさい…」
いつの間にか僕の横に立っていた彼女が言う。
僕は彼女を見る。
「…先生の言葉、読まれたことがありますか?」
僕は目を反らす。
「きっと、気に入ると思いますよ」
明るい声を取り繕って、言う。
僕は顔を町の方に戻した。
僕が生まれ育った町。
その中に建った、真新しい大きな病院と集会所の数々。
建設中の家は皆、教団関係者のものか。
僕にはそれが、この町に巣食ったガン細胞のように思えた。
じゃあこの子もガン細胞なのか?
だったら僕はなんなのか?良質な白血球の一つとでも言うつもりか?
あるいはその逆なのか?
教団なんて関係ないのかもしれない。
問題はもっと別なところにあるのかもしれない。
例えば、この国で生きているということが、この世界で生きているということが、
それ自体取り返しのつかない大きな一つの過ちなのではないか。
そしてその過ちには何の理由もないのではないか。
人間の手の届かない、純粋無垢な過ち。
誰も彼もが生まれてくる場所を間違えて、
その後もちぐはぐなまま、日々をやり過ごし、死んでいく。
「ここではないどこか」を、
決して手に入ることのないその場所を、心の中で強く求めながら。
根本的に自分という存在がなんなのか、何を求めるべきなのか、分かっていない。
だから、それゆえなのか、あらゆる物事について理解が間違っている。
誰も彼もが間違っている。
問いの立て方が間違っている。答えに至る道筋を間違っている。
それでも問いかけようとする。
知らないから。知りたいから。
知ったところでどうにもならないことを知ろうとして、日々、人は生きている。
そのためだけに生きている。
なのに僕の真実とあなたの真実は全く別なものだと思い込んで、線を引こうとする。
僕らはいつだっておかしなことばかりしている。
絶え間ない混乱が果てしなく続く。
そんな僕らを高い場所から眺めている人たちがいて、
彼らはいいとも悪いとも言ってくれない。
その高い場所には窓があって、時々人影が覗いたような気がする。
僕らは気になって仕方がない。
だけど彼らはいつだって、ただ、そこにいるというだけ。
いると思い込むだけ。
そして僕らは落ちつかないから、
見られているということに意味を、解釈を、見出そうとする。
意味なんてないのだと、誰もが薄々気付いている。
だけど誰一人として、そのことを口にしようとはしない。
忘れようとする。
もっと他のことを考えたほうがいいんじゃないか、
何かもっと興味深いものがどこかにあるんじゃないかと思って探してみるフリをする。
もちろんそれは見つかることがない。
漠然とした諦めの気持ちを抱く。いろんなことに。
そしてそんなふうにして毎日の日々は過ぎ去っていく。
見張り塔からずっと、僕らの生活は監視されている。
その視線の中でしか僕らは生きていくことができない。
いつどこにいようと見張り塔は空高く聳え立っていて、
僕らのすることなすことを拘束している。
学校では明日、友だちに何を話すべきか。
会社の昼休みに誰と食べに行くべきか。
そういったことの一つ一つ。
意味があろうが無かろうが、その瞬間瞬間は過ぎ去って行って、
その都度僕らは何かしら振舞っている。
しかしそれらは常に、つまらない、たいしたことのない方向へと向かっていく。
わざわざそうなるように選択する。
うまくは言えないが、そういうこと。