酸素カプセル無料体験

昨年秋、後輩の披露宴に出て帰って来て、
引き出物のカタログの中をめくっていたら
最後の方、フットサル教室や陶芸教室の合間に
酸素カプセル無料体験みたいなのがあった。
ふーん、そういうのもいいかもな、と思う。
こういう機会でもなければ触れることのできないこと。


だけど、申し込んでそれっきり。忙しかったりなんだりで。
ようやく思い出して机の上のチケットを探し、
昨日の昼予約の電話をかけて夜にさっそく行って来た。


定時後。銀座のヒューマントラストシネマのレイトショーで
ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』を見るつもりでいて、それが21:25からと遅い。
合間の20時で申し込んだ。


場所は東銀座にあった。
三越松屋といった繁華街からは離れた小さな雑居ビルの上の階。
エレベーターが開くといきなり奥の方にカウンセリングのための机、
その横の方に酸素のタンクが横置きと縦置きとで並んでいた。
室内は薄暗く、タンクは青い光を放っている。
これをアジアンな猥雑な雰囲気にすると『ブレードランナー』か、なんて思った。
ある種のベンチャーか。零細企業っぽい。


書類を記入する。
どこで知ったのか、酸素カプセルは初めてか、改善したい症状はあるか。
まあ根掘り歯掘り聞かれたりはしない。
男性スタッフからカプセルの説明を受ける。
「中は1.3気圧。水深だと3mほどの深さです。
 タンクの中に入ったときにはまずダイビングのように耳抜きをするか、
 唾を飲み込むなどして調節してください。
 でないとすぐ目や耳の周りの痛み、頭痛などの症状が出ます。
 気分がおかしくなってきたらすぐ脇のインターホンで呼んでください。
 気圧に慣れてきたら、ゆっくり深呼吸を。
 繰り返すうちにヨガの呼吸と同じ効果が得られます。
 こういったカプセルはスポーツ選手がよく利用します」


室内には低い音で女性シンガーの曲が流れている。
コーリング・ユー」が聞こえた。
女性スタッフが枕カバーにつけるアロマオイルを選んでほしいと
小瓶のセットを机の上に置く。ユーカリ、ラベンダー、ローズマリーなど。
僕はグレープフルーツにする。


常連なのだろうか、サラリーマンがエレベーターから下りてくると
ササッとタンクの中へ。行きつけの店でいつもの、って感じで。


携帯は中で使用してもいいし、音楽を聞いてもいい。
それ以外の上着や鞄は預ける。
用意ができて僕もタンクの中に入ってみる。
頭にはアイスノン、先ほどのアロマオイルの匂いがする。
全身をタオルで覆う。タンクのカバーが閉じられる。
カーテンも閉じて真っ暗になる。気圧が徐々に高まっていく。耳がキーンとなる。
枕元にインターホンがあって、その脇の「1.35」という数字は気圧、
「29」は今回のコースが30分だからか。


気圧に慣れていく。ブーンブーン、ゴゴゴゴゴと空気を送る音がする。
深呼吸を繰り返す。ゆっくりと吸って、吐き出す。
酸素は、…濃いのだろう。よく分からない。蒸し暑さは感じる。
会社帰りだし横になったらすぐにも眠くなるかな、と思いきやそうもならず。
緊張してるのか。それがしばらく経つとウトウトしだした。
夢を見始める寸前でハッと引き戻される。
人々の姿が現れては消えたり、図形のイメージが変化したり。
それがいつの間に少し眠っていた。アラームの音で目が覚めた。
タンクの外に出る。


ハーブティーを飲みながら説明を受ける。
「タンクを出て30分ほどはぼんやりしますが、徐々に効果が現れるでしょう。
 まずは目から。遠くを見てみると分かります。
 目の周りの毛細血管がまずは活性化されます。目覚めもよくなります。
 しかし薬剤ではないので2日間ほどで効き目は薄れます」


ムリに何か次のコースなどと勧められることはなく、あっさりとあとにする。
エレベーターを下りていく。果たして効き目はあったのか。
東銀座の町並みはいつも通り。
ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』が美しい映画に思えたのは
ただ単に素材と監督のヴィム・ヴェンダースの力か。