電話が鳴っている。誰からなのか分かっている。だから出ない。
そのまま鳴り続ける。諦めてくれない。出たら負けだ。
逃げているわけではない。話したいと思わないだけ。
なのにそういう人たちばかり、次から次に電話をかけてくる。
電話を鳴りっぱなしにしたまま、日曜を過ごした。
どこかで突然途切れる。そしてまた掛かってくる。
同じ人なのか、別な人なのか分からない。
どちらにせよ同じことだ。
電話の線を抜けばいいと恋人は言う。
しかし、それをやってしまったら次はどんな手段に出てくるか。
テレビなのか、水道の蛇口なのか、窓の外なのか。
たくさんの顔が張り付いている。
電話は占有されてしまっているから、恋人とはメールでやりとりをする。
時には外で会う。その間も電話が鳴っている。そのことを考える。
帰りたくないけど、帰らないといけない。
電話が僕を待っている。
恋人の顔が思い出せない。なのに会うと思い出す。
喫茶店に入ってとりとめのない話をする。
その会話を聞かれてるとは思わない。
しかし店の片隅に電話のあることが気になって仕方がない。
恋人ははっきりと「最近おかしいよ」と言う。
「どうしたの」「なにがあったの」「話してみて」
でも、電話のことを話したら、それこそおかしいと思われる。
だから黙っている。上の空で「気のせいだよ」と言う。
恋人とはどんどんこじれていく。すれ違いばかりになる。
そして「別れましょう」と切り出される。
やはりそうか。こうなることは分かっていた。
部屋に戻ると、電話の音が消えていた。
というか電話そのものが消えていた。最初からそんなものはなかった。
部屋自体そこには存在しない。恋人だってそうだ。
「僕」もまた存在しない。誰かの生み出した虚構だ。
この世界だって、言葉の生み出した…
もう一度初めからやり直そう。
この世界があった。僕がそこにいた。僕には恋人がいた。
住んでいる部屋があった。電話が置かれていた。電話が鳴り出した。
僕はそれが誰なのか知っていると思った。
僕は思い切って電話に出てみた。
「もしもし」「ツー・ツー・ツー」
気がつくと部屋の中には数え切れないほどの電話機があって、
どれが鳴っているのか分からなくなっていた。
僕は世界の再構築を誤った。
どこをどんなふうにすれば元通りの世界となるのか。
それは「僕」の外にあったのか、内にあったのか。
やはり、そんなものはないのか。
ないのだ、と電話の声が言う。