移動遊園地

夏になると海辺に移動遊園地が来る。
僕はその日が来ると町の外れでトラックが来るのをソワソワと待って
友だちと後を追いかけ、彼らが広場にメリーゴーランドや射的の小屋を組み立て、
サーカスのテントを広げるのをずっと飽きもせず眺めていたものだった。
一週間のあいだ朝から晩までそこで過ごして、
片付けの日も少し離れたところに座って、頬杖をついて見守っていた。
中には僕のことを覚えてる人もいて、
小さな頃はキラキラ光るものやピーピー音が出るものをくれた。
そんなことがあっても、しばらくは寂しい思いをして暮らしたものだった。


もう少し大きくなってからも僕は移動遊園地のことが好きだった。
友だちのうちの何人かは音楽とかバイクとか別なことに興味が移っていった。
その頃はいつも三人でつるんでいた。僕と、エヌと、エルと。
家が近かったわけでも教室が一緒だったわけでもない。
僕ら三人は片親か両親がいなかった。
日が暮れて遅くなるまで何もない広場の片隅にいるか、
わずかばかりの歓楽街の近くを歩いていた。
子どもの頃のように今日は楽しかったね、みたいなことは話さなくなっていた。
これから先、将来、どうしよう、なんとはなしにその不安を語り合っていた。
この町にいたところで何があるわけでもない。外の世界のことも分からない。
皆と同じように皿洗いや店番をして一生を終えるのだろう。
うまくいけば自分の店が持てるかもしれない。希望はそれぐらいだった。


その年も移動遊園地が来て、三人で一日中過ごしていた。
エヌはいつのまにか一人離れて、
テントの前よりも裏に回っていることが多かった。
遊園地の人たちと話し込んでいた。
エルは見かけると近寄ってエヌの腕を取ろうとしたが、
エヌはそんなエルを振り払った。
サーカスのテントやあれやこれやが無くなったあと、エヌはいなくなっていた。
彼らについていったのだろう。
ナイフ投げなのか、ピエロの見習いなのか、それともロデオなのか。
エルは泣いていた。その後ずっと。僕が声をかけても上の空でいた。
秋になって泣くことはなくなっても、一人沈んでいた。
僕らは多くの時間を二人きりで過ごした。
だけど僕はいつも、エルから少し離れた場所にいた。
学校の食堂で向かい合って食べたり、本を貸し借りして読むこともある。
ひと気のない映画館で二人並んで映画を見たこともある。
僕はエルにエヌのことを忘れてほしかった。
エルは逆に、僕のことを忘れてしまったみたいだった。


次の年もまた移動遊園地が僕らの町に来た。
僕が探すまでもなくエヌの方から声をかけてきた。
日焼けして背も伸びて、たくましい体つきになっていた。
僕の側にはエルがいた。その頃にはまたたくさんのことを話せるようになっていた。
来たいような来たくないような、そんな素振りだった。僕が引っ張っていった。
それがいざエヌを目にした途端エルは人混みの中を泣きながら走りだして
遊園地の外へと消えていった。
僕は追いかけることもできず、何事もなかったかのようにエヌと話した。
僕は外の世界のことが知りたかった。
何を見たのか、どんな人に出会ったのか、どんな面白いことがあったのか。
仕事があるからと少しだったけど、エヌは熱に浮かれたように早口で話してくれた。
僕はその後でエルを探した。広場の外れにエルはいた。
泣いていた。その肩に腕を回そうとするとエルはそれを嫌がった。
立ち上がって泣きながらフラフラと歩いた。
僕は声をかけながら一緒になって歩いた。


次の日から、エルの姿を見かけなくなった。
移動遊園地のどこかにいるのだろう、そう思って僕は探した。
怪力男のアシスタントだというエヌに聞いても、何も知らないという。
だけどある日の夜、サーカスのテントの陰で会っている二人を見た。
小声で何かを話し合っていた。黙りだすと、二人の影が重なった。
エルを見かけたのはそれが最後だった。
エヌの方もそうだった。
次の年、二人が戻ってくることはなかった。探そうともしなかった。
僕はもう、移動遊園地に興味がなくなっていた。


僕が町を出るのが早かったのか。
それとも彼らが町に来なくなるのが先だったのか。
いつのことだったのかもはや覚えてはいない。
僕はその後都会で働いて、十数年後またこの町に戻ってきた。
役所の窓口に事務員の募集があって、以来ずっとその仕事に就いてきた。
誰も手入れをすることの無くなった広場。
その近くに小さな部屋を借りて、毎日往復する。
友だちらしい友だちもいない。酒を飲むこともない。
夜になると外国の小説を読んでいる。
休みの日は少しずつ広場の雑草を刈るようにした。
だけど夏になっても、移動遊園地がここに来ることはない。
その音と光でここが満たされることはない。
熱に浮かされたような子どもたちが歩きまわることもない。
彼らがその後どうなったのかは、誰も知らない。