断章

待ち合わせは改札を出てすぐの柱だった。
まだ十一月だというのに二子玉川の駅は
ショッピングセンターで囲まれた吹き抜けの大きな空間に
巨大なクリスマスツリーが飾られて賑やかだった。
「街はイルミネーション」と誰かが歌っていたのを思い出した。
「街はイルミネーション」と何度も繰り返す。続きが出てこない。


齋藤さんが少し遅れて、背中を丸めて近づいてくる。
異様にモコモコと膨れた地味な色のダウンジャケットを着ている。
「よお」
「あ、どうも」
「タバコ吸いたいんだけど。どっかある?」
「あの、僕もここよくわかんなくて」
「なあ、探しとけよぉ。事前にぃ。それぐらい。つかえねーな」
「すみません」
「しょうがねえなあ。まぁ、行くか」
「お願いします」
「タバコはぁ? 買ってきたか?」
「はい」
僕は鞄の中を確かめた。カートンがふたつ入っている。
そのひとつを僕は齋藤さんに渡した。
「オレ、手ぶらだからさぁ。帰りにしてよ」


齋藤さんはいつもは山手線の北側をテリトリーにしている。
このエリア、二年ぶりだという。
その間も<世界>は変わらずにその口を広げているとメールに書いていた。
外に出ると目の前に高島屋があった。
左に曲がって多摩川に向かって歩いて行った。
齋藤さんは相変わらず背中を丸めて、少し先を歩いている。
玉川通りは上りも下りも車の流れが早かった。


信号を無視して横断歩道を渡り、僕もついていった。
河川敷に入っていく。道を外れて草むらの中へ。
膝丈の草が枯れかけている。
橋の下をくぐる。鉄道が頭上を通り過ぎる鈍い音がする。
対岸では寒い中、子どもたちが野球の練習をしている。
齋藤さんは青のビニールシートを四方に掛けた小屋に向かって歩いて行く。
こんなところに<世界>の入口があるのか。
入口に誰かが、黒っぽい何かが立っていた。
こちらを見ていて、中に消えた。
「オヤジさんだ」と斎藤さんは言う。
「タバコぉ、中で渡してやってよ」


ビニールシートの前に立った。
テレビや衛星放送のアンテナが無数に小屋を取り囲んでいる。
饐えた異臭がした。思わず僕は鼻と口を右手で覆った。
「失礼のないようにな」
齋藤さんの後に続いて、僕は暗闇の中に入っていった。
片隅にランプが灯っていた。僕はその横にタバコのカートンを置いた。
誰かの黒ずんだ手がサッとそれを奪い去って消えた。


中は広かった。
目が慣れると、奥の方まで道が続いているのが感じられた。
足元は柔らかい土のようだった。