青森帰省3日目(「津軽」を訪ねて)①油川〜蟹田〜平舘

この日は大学時代の寮の友人、ケンと1日かけてドライブ。
ケンのリクエストで津軽半島をぐるっと回ることになっている。
1年半前にもケンとは下北半島を回っている。
三沢をスタートして尻屋崎や恐山を見て、薬研温泉に泊まって、
次の日は脇野沢からフェリーに乗って蟹田に渡り、十三湖まで行って帰ってきた。
その道中で僕が何度も、太宰治を読むなら「津軽」が最高傑作だ、
特にここ青森で読むのなら、と心酔するように語っていたことを思い出したのか、
最近になってケンはその「津軽」を手に取って読んでみたのだという。
そして今回のドライブではそのゆかりの地を尋ねてみるということになった。
蟹田からずっと海沿いに走っていって竜飛岬へ。
小泊を経て僕のリクエストである斜陽館へ。
まさに太宰尽くし。


朝9時に近くの小学校まで迎えにきてもらう。
さっそく海沿いの狭い国道280号線に出て北へ北へ民家の立ち並ぶ中をひた走る。
空は雲1つなく晴れていて、それを映し出して海は、津軽の海にしては珍しく真っ青な色をしている。


まっすぐ一直線を進んでゆくと蟹田町には30分もしないで到着した。
そのまま観瀾山公園という丘の上へと車で上がっていく。
ここには「津軽」の中で蟹田のNさんと紹介されている中村貞次郎氏が
太宰治の死後、昭和31年に建てた石碑がある。
井伏鱒二が「正義と微笑」から「かれは人を喜ばせるのが何よりも好きであった!」
という一節を選び、それを佐藤春夫が書にしたものが彫られている。


丘の上から見下ろす蟹田の街並みというか風景は思いのほかよかった。
何の変哲もない、何の特色もない田舎町なのに、
なんでだかはわからないが大きく開けた爽快な眺めだった。
僕はこの場所のことを知らなかった。
今度誰か県外の人が来たらここまで連れてきて案内したいとすら思った。


だけど意地悪く僕はこんなことを考えてしまう。
これだけ家が立っているのに、ここの人たちは何で生計を立てているのだろう?
港はあるが小さいし、その他の人みんなが農業や林業というわけもあるまい。
観光に力を入れているようにも感じられない。
青森県全体が不景気で新しい産業は興らない。
企業の誘致も難しい。来るのは原子力関係ばかり。
穏やかな風景が広がっているようで一皮向けば生活はどこも厳しい。甘くはない。
こういう印象はこの後どこに行ってもそう思った。
せめて観光に力を入れている雰囲気が感じられたならばよかったのだが、
どこもきれいな道の駅や観光施設は作るもののその後作りっぱなしで
呼び込む磁力を見出そうという気構えが感じられない。
大きなお世話か。要するにそれだけの余力がないってことなんだろうな。予算もないし。
施設を作るところまではたぶんどこでもスムーズに進むのだと思う。
もともとこの村にはこういう観光資源があります、それをアピールするきれいな施設を建てましょう。
ここまでなら計画書も予算取りも簡単だ。
そこから先の難しさって、・・・この話題、よそ者が口を挟むものじゃないな。


車で下まで下りていって、港の横の公園へ。
蟹田だから蟹を食べたいとケンが言う。
9時半という時間でもどこか開いているかなあと歩いてみる。
小さな小屋が立ち並ぶ一角があって、これってそれっぽいなと思うが
行ってみたらどこも閉じられていて閑散としている。
つり用具貸し出しの店だったり、海の家だったり。
夏しか営業しないんだろうな。
(上の話につながるが、どこの村も夏だけをターゲットとしているようだった。
 どこの村もあるのは海水浴場とキャンプ場とバーベキューの広場や太宰ゆかりの石碑・・・)


トップマストという灯台を模した形をした、
展望台と休憩所とお土産屋が一緒になった施設に入る。
特産品の蟹(「トゲクリガニ」いわゆる毛蟹)は
3匹ほど一緒にしてパックに包まれて売られているが、
残念なことにその場で食べるような用意はされていない。
2階の喫茶店にもカニはなし。
県外から来た観光客からそういうニーズってないのだろうか?
店員の若い女性たちが暇そうにしている。
(余計なお世話ながら、こういう田舎町のこういう観光施設のレジという人生って
 どんなもんだろうといつも気になる。そもそも収入になるのだろうか?)
ほたてバターせんべいというのを買ってみる。
道中食べる用と会社へのお土産として。


上の階に上ってみる。階段をひたすら上る。いい運動になる。
外に出る。張り出し部分はところどころ下がコンクリートの床じゃなくて
鉄格子のようになっていて高所恐怖症ではない僕もギョッとする。
眺めとしては高さがある分だけ観瀾山公園の方が眺めがいいが、
こっちの方が海が近い。手に届きそうな近さ。
遠くの防波堤では釣りをしている人たちがポツリポツリといた。
じっと眺めていても彼らは微動だにしない。
腰を下ろしたままそこに根が張ったかのようだった。


車に戻って出発する。
母の実家のある今別町大川平に向かうときには
いつもここ蟹田で折れ曲がって山の中のルートに入っていく。
そっちの山道の方が僕としてはなじみがあるのだが、今日はそのまま海沿いに直進する。
平舘村へ。
失礼を承知で言うが、津軽半島にいくつもいくつもある何もない村の1つだ。


灯台があるので車を降りる。
中には入れない。無人
近くには恐らくタンカーかそれに類する巨大な船がその役目を終えたときに取り外された
霧笛が無骨にゴロッと飾られていた。
海辺はブロックを積み重ねられてきれいに段々となっている。そこにたえず波が押し寄せる。
蟹田では感じられなかった、生々しい潮の匂いがする。
僕らの他には観光客は誰もいない。ゴールデンウィークの中日だというのに。
寂寥たる雰囲気。
遠くを婆ァ様が1人腰を曲げてトボトボと歩いている。


以前の冬、正月だったか、親戚のおじさんに車に乗せてもらってここに来たときに
廃墟となったドライブインを見つけた。
その年の夏にわざわざ高校の友人に車を出してもらってそのドライブインまで来て
勝手に中に入って撮影をした。
学生時代最後の年に撮っていた映画で使うためだ。もう8年近く昔のこと。
今でもあるかなあと思ったのだが、さすがに見つからなかった。


平舘は「津軽」でも太宰が訪れている土地なのであるが、
(確か平舘としてではなくて、「外ヶ浜」として)
特に太宰にまつわるものはないようだ。ある意味潔い。
あったらあったで「猫も杓子も、うーん」と思ってしまうが、
なきゃないで「利用しなくていいのかよ!?」と思ってしまう。
人は身勝手なものである。