試作1

ゆっくりとした、落ち着いた声でカウントダウンが始まった。
カレンは側にいた誰かに手を握られて、自分も握り返した。
このとき初めて気づいたかのように、改めてその大きさに驚いていた。
それは遠くにあって、雲ひとつない空の日差しを浴びて白く輝いているように見えた。
寄り添うようにして、抱きかかえるようにして、複雑にくみ上げられた鉄塔が立っている。
今、あらゆるものが静止している。
先ほどまで吹き抜けていた温かい風さえも止まったかのような。
8、7、6…


この中にどれほどの部品が組み込まれていることか。
分解して全てを並べるならばこの地面何マイルか先まで覆い尽くしてしまうだろうか。
そのひとつでも不備があったならば失敗してしまうのだ。
いや、失敗なんて簡単な言葉では済まされない。
爆発して空中分解する。煙がでたらめに舞い広がる中、燃えさかる破片が降り注ぐ。
これまで関わってきた何万人、何十万人もの方たちの途方もない労力が
一瞬にして無駄になるだけではなく、時として多くの命が失われる。
1986年のスペースシャトル、チャレンジャーの映像は小さいときから何度も目にしてきた。
乗組員7名全員が亡くなった。
このときの原因は一個のリングであったという。
5、4、3…


地上で見守る大勢の人たち。その多くはカレン同様、「積荷」の関係者だ。
管制塔に詰めた熟練したエキスパートたち。
それだけではなく、カレンは基地局でスタンバイしている仲間のことを思った。
それぞれが机の上のモニタでこの中継を固唾を飲んで見つめていることだろう。
可能なら、誰だってこの場に立ち会いたかった。
(局のリーダーを買って出てくれたリッチーだけは「興味ないね」と嘘ぶくだろうが)
皆をここに連れてきたかった。しかしそうするわけにはいかなかった。
打ち上げられ、スロットから放出されてからが彼らの仕事だ。
氷でいっぱいのクーラーにシャンパンも用意されていることだろう。
2、1、0…


巨大な光が広がった。
ロケットの裾がまばゆい炎でいっぱいになる。轟音で地面が揺れる。
熱風がここまで届いて、もう一度手をギュッと握り返す。
地面から持ち上がり、白い煙を後に残しながら、
コマ送りの画像を見るかのように時間をかけて上昇した。
目の前を通り過ぎて見上げると、そこから先はどんどん遠ざかっていった。
一度加速すると後戻りできないかのように。そして空の彼方に消えていく。
カレンは感極まった見知らぬ誰か、
恐らく他の国からこの打ち上げのために何日もかけて来た誰かに肩を抱かれた。
その若い彼は大声で叫びながら次の誰かに向かった。
ハイタッチするもの、握手を交わすもの。
そこにいた誰もが喜びを分かち合っていた。
カレンは力なく地面にへたり込んだ。頬を涙が伝った。
終わった。いや、これが始まりだ。