「モーリス・ベジャール・バレエ団 2017年日本公演 記者会見&秘蔵映像上映会」

先日日経ビジネス系の ML に抽選で招待の案内が来て、試しに申し込んでみたら当たった。
モーリス・ベジャール・バレエ団 2017年日本公演 記者会見&秘蔵映像上映会」
昨晩見に行ってきた。会場は大手町の日経ホールで、飯田橋から歩いていった。
当然ながら周りはバレエの好きそうな年配の女性たちばかり。


モーリス・ベジャールは2007年に亡くなっている。
その後を引き継いだ芸術監督のジル・ロマンと
バレエ団の日本人ダンサー、那須野圭右へのインタビューと
1982年から2014年までの日本公演を抜粋した映像、
(1967年と1978年の公園は写真のみ)
この秋の日本公演で上演される代表作「魔笛」「ボレロ」などの作品の予告編的映像。
この日は最後に記者たちとの質疑応答とフォトセッション。


僕が期待していたのは映像集の方であって。
2004年、見に行くことができた「これが死か」「海」の断片も垣間見ることができた。
懐かしい。あのときはカーテンコールのときにチラッと、挨拶のためにステージに立っていた。


30年近い映像を見ていると、
80年代はまだオーソドックスなバレエの要素というか形式が勝っていたのが
90年代にかけて振付も衣装も音楽も美術もどんどん自由になっていく。
バレエを離れてコンテンポラリーダンスへ、というのではなく、
身のこなしのひとつひとつに現れる哲学、匂いのようなものはあくまでしっかりとバレエ。
表現って突き詰めるとそのもの自体でありながら、何者でもなくなってしまうのだなというのがよくわかった。
バレエの核心に触れながら、バレエから一瞬にして遠く離れていくような。
Queen の「Bohemian Rhapsody」や「Radio GAGA」「Show Must Go On」を使った
90年代後半のステージとかね。
大きな枠の中に上半身裸のダンサーを詰め込めるだけ詰め込んで身動きさせるとか。
一見ものすごく奇をてらったものなのに全く違和感がない。
表現が進化するというのはこういうことなのかと思った。


インタビューの方で印象的だったのは
ジル・ロマンは以前、モーリス・ベジャールから毎日のように手紙を受け取っていたが、
ジル・ロマンの方は稽古で日々顔を合わせているから返事を書かなかった。
だけど今、その手紙を読み返していると。
モーリス・ベジャール不眠症だったので夜その手紙を書いていたんだけど
文章を書くということが表現のプロセスとして大事だったのではないかとジル・ロマンは語る。


那須野圭右はモーリス・ベジャールはおじいちゃんのようだったと。
最晩年を共にしたので直接教えを受けることはなかったが、一緒に食事をしたり車椅子を押したりと。
バレエ団の皆がモーリス・ベジャールにとってはかけがえのない家族だった。
いい話だと思った。
その那須野圭右は今度の日本公演が最後のステージになるという。


11月の公演、見に行かないとなー。
モーリス・ベジャール亡き今もバレエ団にはしっかりその意志が受け継がれ、
さらにその先に向かっているというのが感じられた。