冒頭を試作

昨日、3年ぶりに弟から電話があった。
LINE ではたまにやり取りしてたから、なんで今更電話? って最初は思った。
「あのさあ、兄さん」
 
母が、現れたのだという。
日曜、予定もなく寝そべってスピリッツを読んでいた。
そこにアパートの部屋のインターホンが鳴って、出ようとしたら母が既に部屋の中にいた。
こちらには気づいていない。慌てて見渡して何かを探し回ってから、隣の部屋へ。
弟は凍り付いた。
10年前に亡くなった母が突然、幽霊になって目の前に現れた。
いつものエプロンをしていたという。
「花柄の、色褪せた…」
その母が隣りの部屋に入ってから出てこない。
3分後なのか、30分後なのか。
思い切って様子を見てみたら既にいなかった。
 
それが1週間前で、その後母の幽霊は見なかったという。
ぞっとしたまま過ごして、部屋の中にいても落ち着かなくて、
ようやく人に話せるようになったと。
「仕事から帰ってくるだろ、そしたら料理を作って待ってるんじゃないかと考えるんだよ。
 でも、誰もいない。鍵を開けるとこれまで通り、真っ暗な部屋があるだけ」
 
そして今日、妹からも電話が。
「あれ、あの、ほら、あれ、あの」
やはり母が現れたのだと。取り乱していた。
「だから、なんなのよ!」と僕に向かって叫ぶ。
弟と同じように、チャイムが鳴って、既にそこに母がいて、
部屋の中で何かを探し回って、そして妹には気づかない。
 
小さい時に父が亡くなって、
僕らが大学を出て社会人になった頃、突然の病気で。5年前。
実家というものが消えてしまって、
大学も職場も大阪に広島に東京とバラバラで、僕ら兄弟は会うことがなくなった。
 
順番から行くと次は僕か。
あのインターホンが鳴るのか。玄関のドアを見つめる。
いつのまにか、いや、既にこの近くまで来ているのかもしれない。
母は何を探しているのか。まだ、この世にいるのか。
幽霊を見るというのは初めてだ。
僕は母にどんな声をかけるべきか。
それは母に聞こえるのか。