こういう話

こういう話。
ある地方都市の浜辺。
秋。冬が近づいている。
 
少年はその日家出して、盗んだ自転車に乗ってでたらめに北に進むうちに海辺に着いた。
初めて一人きりで過ごす夜。
母一人、子一人でこれまで育てられてきた。
14歳。意味もなく母にぶつかるようになる。この日も口論になって衝動的に家を出た。
昼と夜と働いて仕事に疲れきった母が朝食に用意していたのはスーパーの半額になった弁当だった。
またか。そんな些細なことがきっかけだった。
どこに行きたい、何をしたいというのでもなくただ家を出た。
今頃は母は探し回っているだろうということを思う。
 
その若い女は自殺しようとして死に場所を探していた。
もう少し行った先の岬から飛び降りようと考えた。
近くの宿に泊まって、この日が最後の夜だった。
浜辺に出て歩いた。
女は心のどこかで誰かに止めてもらいたいと思っていた。
だけど東京を離れて数日の旅で女に話しかける人は誰もいなかった。
義父母に育てられ、何か不自由があったわけではない。
しかし自分は愛す、愛されるということからは無縁な人生を送るのだろう。
これから先もずっと。このむなしさを抱えて生きていけるのか。
 
初老の男は浜辺から林に少し入ったところで金属探知機を動かしていた。
その機械の立てる音と、波の音だけが聞こえる。
男は時々、首周りにかけたタオルで額の汗をぬぐう。
何が見つかるわけでもない。
 
夜、星が出ている。
少年は寒くなって、それでも流木の上に座って波を見つめていた。
今夜はこのままここで寝るのか。
少しずつ音が近づいてきて、何だろうと思う。
あの人は何をしているのだろう。
別な場所から女もまたそれが何なのか気になっていた。
 
男が砂浜に出てきて焚火を始めると
少年も女も引き寄せられて火に当たる。
男はぶっきらぼうに少ししか話さない。
それでも少年にせがまれて金属探知機のことを話す。
埋蔵金があるとかそういうことではない。
見つかるとしても何かのはずみに落ちた硬貨とかそれぐらい。
それでも毎晩毎晩こうしてここで金属探知機を動かしているという。
男は、二人には話さなかったが、数年前に妻を不慮の事故で亡くして以来、
毎晩ずっとここに来ていた。
町の中には男の頭がおかしくなったと思った人もいたが、
夜一人で浜辺で金属探知機を動かすだけで誰に迷惑をかけるでもない。
ほっとかれるようになった。
 
男は女の泊まっている宿で料理人として働いているということがわかる。
宿泊客の食事の終わってひと段落した頃に一人、出てきていた。
少年が家出してきたことを知ると、俺の部屋に泊めてやるという。
三人は宿に戻っていく。
 
少年は男の部屋へ。たいして言葉を交わすこともなく眠りにつく。
男の部屋には何もなかった。
テレビがあって、机の上に妻の写真が飾られているだけ。
 
翌朝、書置きがあった。
宿のおかみさんに話しておくから、朝食をとるとよいと。
広間に8時、席を用意しておく。食べたら宿を出て家に帰れ。
少年が行ってみると廊下で女に会う。
他の宿泊客に交じって二人は並んで朝食を食べた。
焼いた鮭に三歳の煮つけ、納豆、ありふれた旅館の朝食だった。
少年は食べていて、涙が出てきた。
 
少年と女は男へお礼を伝えたいと帳場にいたおかみさんを呼び止めるが、
男はもういないという。
もともと昨晩でやめることになっていたのが、
今日の朝の分もつくらせてくれということになったと。
つくり終えて出て行った、行き先は知らない。
少年が男の部屋に戻ると、少年のリュックサックが残されているだけ。
机の上の写真はなくなっていた。
 
少年と女は海辺に出る。
もちろん男の姿はない。
波が寄せては返す。ただそれだけ。
 
少年と女はローカル線の駅から南へ向かう電車に乗った。
途中少年が下りていった。
女は東京まで乗り続けた。