下り坂

 
早く帰ってこれたのでテレビを見ていたら、
NHK BS『こころ旅』のミニ総集編のようなもの。
視聴者からのリクエストを放送する。
その中に、自転車に乗った火野正平が坂道を下る場面がいくつかあった。
火野正平は「人生下り坂最高!」とつぶやく。
 
ああ! と懐かしい気持ちになった。
これまでの人生で最も壮快だった瞬間は僕も、
自転車でスピードを出して坂道をひたすら勢いよく下り続けた時だった。
小学4年生か5年生か。
日曜の朝、町はずれのふもとの広場に集まって大人が何人か先導してくれる中で
子どもたちが自転車で連なって山道を1時間ぐらいかけてえっちらおっちら上っていく。
地元の八十八カ所があって、寂れかけた工場があって、廃屋があって。
上から車が来たというと声かけあって下まで伝える。
 
やがて深い森の中。
奥の奥の峠まで到着すると少し休憩して、そこからは一気に駆け下りていく。
ブレーキを片手にしつつも決して握ることなく山道を、右に左に風を切って。
どんどんスピードが上がっていく。危険なくらいが気持ちいい。
やがて誰かが叫び出し、一群に伝わっていく。
風景が視界から消える。
自転車にまたがった自分が、そのスピードが、この世界とひとつになる。
 
ふもとまで戻ってくると、また広場へ。
缶ジュースを1本もらって飲んだような記憶がある。
僕らはお金を出していない。
町会費のようなものから出ていたのだろうか。
こういうサイクリング(?)を企画した人がいるのだろう。
僕は何回か参加した。
前後数年実施されてたんじゃないか。
今だったら絶対できないだろうなあ。危険すぎると。
 
ものすごい時間を我慢して我慢して坂道を上っていって、
下りていくのはほんの一瞬。
人生ってこういうものなんだろうなあと小さいながら思った。
それゆえに、その、下りていくときは何も考えずに前のめりに身を委ねる。
あの速さ、あのスピード。
あれ以上の時は、もしかしたら他になかった。