無観客試合

疲れている。眠りたい。早く帰りたい。
ちょうどいいタイミングでサッカーの試合。
プロジェクトの若者たちはみな「サッカー見るんで早く帰ります」と宣言している。
僕も便乗して早く帰ることにする。
というか僕も試合を見たい。
来年ドイツで開催されるワールドカップへの出場が決まる大事な一戦。
普段とりたててサッカーファンじゃないとしても、
「や?見なきゃならんだろう?」という気持ちになる。


3月に北朝鮮にて行われた北朝鮮−イランの試合にて観客が暴徒化したことにより
FIFAの措置により第三国タイでの無観客試合となる。
こういったとき、これまでの北朝鮮ならば
その後の試合をボイコットするのではないかと思ったのであるが、
プロジェクト内の北朝鮮の事情に強いキムさん(仮名)曰く、
「そのようなことをしていたのではいつまでたっても強くなれないので、
 国際試合を経験するためにもボイコットしないことを将軍様が命じた」のだそうだ。


家に帰ってきてテレビをつけてみるとバンコクの国立競技場が映っているが、観客がいない。
がらーんとしている。
なのにバンコクのホテルには大勢の日本人サポーターが押し掛け、
(朝のニュースでは「いてもたってもいられなくて、とりあえずタイまで来てみました」と語っていた)
代々木の国立競技場も満員となっている。
全体的になんだか奇妙な雰囲気。「おかしなもんだなあ」とつい口に出して言ってしまった。
試合が始まってみると「これはまるで練習試合か?」と錯覚してしまうぐらいに
非常に淡々としたものに感じられて、
サッカーが今のような人気の無かった頃に
たまたまテレビをつけたら試合がやっていたときのことを思い出した。
僕の子供の頃は熱狂的な応援団というものは存在しなかった。
観客はただひたすら、固唾を飲んで試合を見守っていた。
ここ10年の日本人サポーターの声援の大きさというのは神懸かっている。
多少インフレ入ってると思った。


淡々としているのは中田ヒデ、中村俊輔イエローカード累積で出場できなかったというのもあって
どことなく華が無いように見えたというのもあるかもしれない。
(怪我で高原・小野も元からいないし)
ボールをキープしている率は圧倒的に日本が高いのに、
中盤にどことなく覇気が無いのか決め手に欠けて点に結びつかない。


無観客試合だとベンチの指示や選手同士のやりとりの音声が拾え、
より「リアル」な中継となるのではないかと言われていた。
確かにそのようなものとなった。
普段とは違ってあちこちに配置されていた大型のマイクが目についた。
(大きなライブやコンサートの会場ではマイクを様々に配置して音を拾う技師と
 大きなコンソールを前にしてミキシングを行う担当の人がいるものだが、
 こういうスポーツの中継でも大掛かりにそういうのが行われているのだなと改めて認識する)
激しくて鋭い、短い単語だけになった叫び声が時々耳に飛び込んでくる。
スタジアムには観客がいないはずなのに日本を応援する大合唱が聞こえてくる。
うねるような大きな声の塊が全てをうっすらと覆い尽くしている。
代々木の国立競技場の音声をミックスするという「演出」かと思ったら、
なんとスタジアムの外に集まった日本人サポーターたちによる声援だった。
すごいもんだな、と感心させられた。


終了間際、田中のパスを受けての大黒のシュートはよかったな。
キーパーをすり抜けて、映画の1シーンのようだった。


北朝鮮の選手たちはみな同じ背格好、同じ顔に見えた。髪形が同じだったせいか。
最後の最後に乱闘騒ぎを起こしかけてレッドカード。
怒りに肩を振るわせて退場するフォワードの選手をなだめようとする
同僚の選手の姿がなぜか印象に残った。