「ハチミツ」(準備稿①)

主人公(A)の部屋。とりたてて変わったところのない独身男性の部屋。
乱雑なようでもあり、片付いているようでもある。


目覚し時計がなって、もそもそと(A)が起き上がる。
着ていたパジャマを脱ぐ。


部屋の片隅に着ぐるみのクマが立っている。


(A)はボソボソとした声で「オハヨウ」と声を掛ける。


クマは(A)の声に反応することもなく、ぼんやりと立っている。

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(A)が歯を磨いている。


鏡にクマが映っている。前の場面とは立っている位置が違っている。
クマが2・3歩歩く。
(A)は無関心。

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(A)はスーツを着て鞄を持ち、外を歩いている。
クマがその後ろをついて歩く。

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電車の中の(A)と寄り添うようにして立つ、クマ。

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電車の窓から見える東京の風景。
タイトルをオーバーラップ。


「ハチミツ」

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会社の中。
働いている人たちのにぎやかな声。電話が鳴って、若手社員が取る。
フロアの隅のミーティングスペースでは打ち合わせが行われ、
熱心な議論が交わされ、ホワイトボードに書き込みがなされる。
庶務の女性が机の上に書類を配布している。


(A)が自分の席で仕事をしている。


クマがその側の椅子に座っている。なんとはなしに(A)を眺めている。


同僚の社員が(A)に近づいてきて、クマは立ち上がる。
クマの座っていた椅子に同僚が座る。


クマの姿は(A)以外の誰にも見えていない。


(A)と同僚が雑談を交わす。2人、笑いあう。
その後ろにクマが立っている。


[カメラ近づく]
同僚 「それでどうよ?最近書いてんの?小説」
(A)「ああ、また新しいの書き始めたよ」
同僚 「どんなやつ?応募すんの?」

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フロアの片隅。社員たちが並んでいる。
衝立を背景にして一人ずつ写真を撮っている。
(庶務の女性がデジカメで撮影)


※並んでいる社員たちは首からぶら下げた社員証をお互い手にとって
 貼られた写真を見ながらわいわい言い合っていて、
 社員証用の写真を撮っているのだということ
(会社の用事で必要なため写真を撮っていること)がわかるようにする。


別の同僚と(A)が立って並んでいる。
その近くにはやはりクマが立っている。


別の同僚の番になる。写真が撮られる。
別の同僚  「かっこよく撮れてる?」
庶務の女性 「まあまあかな。見る?」
別の同僚  「や、いいわ別に」


(A)の番になる。衝立の前に立つ(A)とクマ。並んでいる。
庶務の女性 「撮りますよー」
フラッシュが瞬く。(A)の写真が撮られる。
庶務の女性 「見てみる?」


[デジカメのアップ]
そこには(A)だけが写っている。クマの姿はない。

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夕暮れ。会社の屋上。[あるいはそれに類する場所]
手すりにもたれる(A)とクマ。


(A)はクマに話し掛ける。
(A)「なあ、おまえが現れてから今日で1年になるよ」
クマは無言のまま。


(A)もしばらく無言になる。


(A)「なんだかさ、疲れたよ、いろんなことに」
クマは引き続き無言のまま。


(A)「着ぐるみなんだろ?誰が入ってんだよ?」
 半ば笑いながら、
(A)「背中のチャック開けたっていいだろ、そろそろ?
    俺とおまえの仲なんだからさ。1周年記念に」


クマは(A)の側を離れ、歩き去る。


(A)は1人取り残される。