太田さんちのハヤシライス

この前の火曜、午前中に顧客のところで打ち合わせの後、
「小ぶね」でハヤシライスを食べた。
雑居ビルの2階にあるのだが
ビルの入り口には「太田さんちのハヤシライス」と
小さな暖簾のようなものがかかっているだけ。
知る人ぞ知る隠れ家っぽい雰囲気。
気がつかずに通り過ぎ、興味を持たずに通り過ぎる人が大部分なのではないか?


ここに入ったのは2回目。
夜はスナックなのだろうか?カウンターで10席の小さな店。
メニューはハヤシライスのみ。座ると注文を聞かれることなく、ハヤシライスが出てくる。
60ぐらいのママは元宝塚だったようで
壁のあちこちに宝塚のスターたちの小さな色紙や札が貼られ、
(名前を今思い出せないが有名な女優のがいくつかあった)
カウンターの奥には森光子の名前の書かれたボトル(?)が置かれていた。
宝塚90周年のときに全生徒が勢ぞろいしたときの大きな写真も飾られている。


ハヤシライスはバターの味が濃くて、微妙に甘ったるい。
だけど僕としてはとても好きな味。
牛肉もたまねぎもたくさん入っている。
洋食屋の、というよりは、お袋の味。
じっくりコトコト煮込んで、手間暇かかってそう。
サラダがついて、これで800円は安い。


僕らが入ったときは13時半の昼の営業時間の最後の頃で、
(1日限定25食ってことになっていて危うかった)
客は僕らだけ。
テレビには「徹子の部屋
ゲストは草刈民代。「Shall We ダンス?」のことを語っていた。
同行の方に「僕、大学1年のとき、社交ダンスやってたんですよ。体育会系で」と話すと、
「へー。大学で社交ダンスってあるんですか?」と驚かれる。
ママが会話に加わってくる。
「そうよ。東大にだってあるんだから」


その後バレエの話になる。
ママの孫がバレエ教室に通っていて、
そこは草刈民代も関わっているという由緒あるところ。
発表会(公演?)ともなるとプリマとして踊ることもあるそうだ。


あるとき、プログラムは「ドン・キホーテ」となっていて、
これはものすごくパワフルというかエネルギッシュな内容。疾風怒濤とでも呼ぶべきか。
優雅にソソソと踊るような世間一般的なバレエのイメージとは異なる。
通常、抜粋されたものが演じられるんだけど
その日の草刈民代は全パートを踊りきった。
孫の発表会を見に行ったママはそれを見てとても心打たれた。なんてすごいのだろうと。
大のバレエ・ファンだというママの娘もまた、後日鑑賞して感激したとのこと。
草刈民代がすごいのかドン・キホーテがすごいのか、
よくよく考えたらどっちを伝えたかったのかわからなかったけど
とにかくまあそういう話。


インスタントでよかったら、と小さなカップに珈琲をサービスされる。
すぐにも飲み終える。「さて、行きますか」と立ち上がる。
同行の方が2000円札しかない、と差し出すと「いまどき珍しいわねえ」と言う。
僕は「沖縄に行くとたくさん出回ってるみたいですよ」と先日誰かから聞いたのを受け売りで話す。
曰く、首里城が図柄に採用されているから。
「なるほどねえ」とママは笑顔になる。


小さな店を出て、僕らはビルの外に出た。
梅雨の合間の東京は蒸し暑かった。
だけどハヤシライスのふんわりとした余韻に包まれてほんの少しばかり、夢見心地。


まあ、そんなこんなでいい感じの店です。