ニューヨーク その17(6月1日)

okmrtyhk2008-06-15


リバティー島に上陸する。
帰りのフェリーに乗ろうとする人たちがここでも大きな列を成している。
ちょっとげんなりする。


まずは昼食。フェリー乗り場のすぐ裏にカフェテリアがあった。
どうも食事ができる場所は(持参でなければ)ここだけのようだ。
屋外に丸テーブルの席を見つけて確保すると、僕と同期の2人で買いに出かけた。


ビールが飲みたいという話になるが売ってない。売れると思うんだけどね。
酔っ払いをまたフェリーに乗せて帰すのが億劫だからだろう。
交通手段がそれしかないとなると、誰だってそういう発想になるのはしょうがないか。
メニューはハンバーガー、サンドイッチの類を除くと
フレンチフライ、シュリンプフライ、フィッシュ&チップスなど揚げ物とサラダばかり。
調理済みのものを温めるか揚げ直すだけ。簡単に作れるからなんだろうな。
僕は豆のカレー($5.95)とコーラ、ミディアムサイズ($1.85)
もちろん、味はたいしたことがない。典型的な観光地メシ。


食べ終えて、自由の女神の台座まで歩いていく。
芝生の上。誰もが記念撮影を行う。
カップルがピラミッド状の台座の、僕らのすぐ目の前の低い箇所でいちゃつく。
誰も触れない2人だけの国。
周りには他に人はいなくて、彼らは勝手に柵かなんかを乗り越えて
行き着ける端まで来てしまったのだろうと思う。


一周してみる。台座の出口、お土産売り場があるぐらい。
台座の入口があった。
案内を見てみると、一週間前から予約しないと上れないことになっていた。
僕らの買ったチケットには「No Monuments Allowed」と書かれていた。
さらに一周して戻ってきて、「帰るか・・・」となる。
ここは自由の女神以外に見るものはない・・・


観光客はなぜかインドの人が多かった。圧倒的にインドの人ばかり。
マンハッタンでは韓国・中国の人を見かけることが多いのに、逆にここでは少ない。
ほとんど目につかない。
なぜなのか?韓国・中国の人はこのような巨大な彫像に関心がないのか。
それともインドのお祭りの日だったのか。
インドの人たちはカフェテリアでもタッパに入ったあれこれで即席のカレーを作って食べていた。


赤いTシャツを着た高校生ぐらいの若者たちが
島を占拠せんとばかりに大きな群れを成していた。
よく見るとTシャツの図柄はそれぞれ違う。
地域・コミュニティーで異なる?学年で異なる?
そもそもこれって遠足なのだろうか?休みの日に?
こういう集団ってどの観光地に行っても目にしたように思う。


同期が言ったのか、あるいは後日大学の後輩が言ったのか定かではないが、
「ニューヨークの海は不思議と潮の匂いがしない」
確かにそうだった。リバティー島でかすかに感じたぐらい。
いや、これは海ではなくてあくまで川なのか?
きっとそうなのだ。リバティー島はハドソン川の中なのだ。


帰りのフェリーの列に並ぶ。しばらく待って、乗り込む。
隣のエリス島に寄っていくが、僕らは下りない。
ここには移民局の博物館がある。
木々に囲まれた寄宿舎学校って感じの佇まいだった。


船はバッテリー・パークの船着場へと戻る。
パークではヒップホップなノリの大道芸人の集団がバク転系の技を披露していた。


それにしてもなんで僕はこれほどまで自由の女神というものに対して冷淡なのだろう?
答えは簡単で、それは何よりもまず象徴 / シンボルとしての存在であるから。
ニューヨーク市民にとっての。アメリカ国民にとっての。
日本人が見ても特に歴史的思い入れはない。
「ニューヨークをイメージするもの」ではあっても、それ以上の深入りはなかなかできない。
だから「ああ、大きいなあ」で終わってしまう。
その大きさ、形状に超自然的なものがあるわけでもないし。
とてつもなく大きな灯台が人間の形をしている、といったとこか。
これって中の展望台(顔の部分)まで上れたらまた印象は別なんだろうけどね。
せめて台座だけでも予約無しに上れたら。
わざわざフェリーに乗って大きな灯台のふもとを散策して帰る。
今の自由の女神観光ってそういうもの。
地味なことこの上ないよね。


リバティー島もエリス島もたぶん誰も住んでなくて、
観光客の帰る最後のフェリーが出航した後、
カフェテリアのバイトの学生たちや警備の人たちが帰る船があって、
みなそれぞれの家へと戻っていく。
島に残るのはその日の見回り役の人ぐらい、なのだと思う。
この2つの島、それぞれ自由の女神と博物館しかない。
ここに暮らすことになったら余りの何もなさに気がおかしくなってしまいそう・・・