ホームレスの話、続き

ホームレスの話、続き。
この前の金曜のこと。
中野から中央線に乗ろうとしたら業務連絡のアナウンスが流れて、
入ってきた車両に駅係員が3人乗り込む。
金曜夜だというのに社内はガラガラ。どうしたのだろう?
前の人に続いて乗り込む。
…分かった。饐えた匂いを何倍も煮詰めたような。
座席に1人のホームレスの男性が座り込んで、その列は向かいも含めて乗客なし。
駅係員が話し掛けて立ち上がらせようとする。
しかし、何の反応もしない。言葉が通じないかのよう。ポカンとしている。
左足の靴が脱げて床の上に転がって、
汚れて真っ黒くなった靴下の破れた爪先から親指が。
しばらく話し掛けているうちにモソモソと起き上がって靴を履いて、というかはめて、
無言のままヨタヨタと、抱きかかえられて車両を出て行った。
「××終了」というアナウンスと共に
何事もなかったかのように車両は走り出した。
気持ちの悪くなるような匂いが辺りに漂ったまま。
(次の駅にて何も知らなかった人がまさにその席に座った。
 あれは誰かが教えてあげるべきだったのだろうか?)


何が気になったかと言えば、僕と同い年ぐらいに見えたことだ。
元は上品な色遣いだったと思われるアーガイル柄のシックなセーターを着ていた。
高かったと思われる。ゴミ袋に入れられて道に落ちているようなものじゃない。
今の境遇になるまでは裕福な生活をしていたのではないだろうか。


奪われたのは一瞬だとしても、そこからすぐ今のような状態になるわけではない。
住む場所を追われて仕方なく着の身着のまま日々を過ごすうちに
そして恐らく誰にも知られたくないが故に1人で行動し続けるうちに
どんどん後戻りできなくなった。
何もかもが惰性で過ぎていくようになって、考える力が麻痺していく。
動物的な反応だけが残される。


この「考える」ことの放棄というのがゾッとした気持ちにさせる。
状況を受け入れるのではなく、状況に同化する。主体はなく、人間らしさを失う。
1人きりのホームレスは言葉を無くしていく。
捨てられているものを拾うだけ。誰とも何も共有できない。


いや、そもそもそれは放棄したのだろうか?
奪われたのか。それとも手放したのか。
そのどちらでもあるのか。


何にせよ、僕がホームレスを嫌う、
というかもっと正確に言うと怖れて避けたくなる気持ちはそこから生まれている。
それは何の抵抗もなく「言葉を無くす」ことをそのままにできた人々への怖れ
と言えるかもしれない。
(それが何らかの伝染病のように広がっていく社会のことを僕は今、SFとして考える)


言葉を失った者たちが異物として排除される社会に僕たちは生きている。
そしてその価値観を僕もまた当然のものとして受け入れている。