三陸の旅 その16

(2/20(水)夜)


昼は”市街地”で食べようと思っていたが、そのようなものは存在しなかった。
次のバスの時刻はプレハブの市役所前から 14:32 発。2時間近くあった。
もう一度解体現場を見てみようという気にはなれなかった。
どこかに食堂のような場所がないか探すことにした。
更地のエリアを越えると緩やかな坂となって住宅地となっている。
目の前には小学校があった。なんとはなしに足が向かう。
昼休み、紅白の帽子をかぶったトレパンの子供たちが校庭で遊んでいた。
その賑やかな歓声が聞こえた。
裏手に回ると先生なのか、物置から何かを取り出したところだった。
僕に向かって不思議そうに会釈をするから僕も返した。


田舎の民家が広がるばかりで食事のできそうな箇所は皆無。
ぐるっと一周する。のどかな雰囲気。向こうの山には雪が掛かっている。
この一帯は高齢者向けの施設がいくつかあるようだった。
酒屋が2軒あってひとつは店を閉めていて、ひとつは薄暗かった。
歩くうちに仮設団地に出た。
やはり急ごしらえっぽい建物にカットスタジオと食料品店。
必要最小限の施設を用意したのか。


元の国道に戻る。
遠くから見たら更地かと思っていたのが、近付いたら花畑だった。
芽が出るのを待っていた。
その近くにプレハブのカラオケ屋があった。
このふたつに陸前高田のバイタリティーのようなものを感じた。
「菜の花 大地育成プロジェクト」というのもわずかながら始まっていた。
市役所への坂を上っていくと
「栃ヶ沢ベース」という仮設店舗の集合体を見つける。
http://www.netricoh.com/contents/officelife/touhokuouen2/iwate/tochigasawa_01.html
そば屋があったけれどもバスの時間に
微妙に間に合うかどうか分からなかったので諦める。


一応、バスの30分前には着くようにする。
それまで青空だったのが急に曇りだし、大粒の吹雪となる。
市庁舎脇の自販機で缶コーヒーを飲みながら暇をつぶし、暖を取る。
停留所の真ん前の工事現場は復興道路をつくるためのものらしく、
頻繁にダンプカーが中に入っていく。
予定から10分ほど遅れてようやくバスが来た。


一ノ関行きだったので気仙沼ではなくそのまま終点まで乗って行くことにする。
雪の陸前高田。解体現場に雪が吹き付ける。
なんだか急に、”復興”が遠いものに思えてきた。
ものすごい労力をかけて更地に戻しただけ。
これから先この土地をどうするつもりなのだろう。
市の経済的な中心部を根こそぎ奪われて
古い民家ばかりが残されたのではさすがに辛い。
どんなふうにして活性化するのか、できるのか。


気仙沼と比較するから、さらにそう感じた。
ほぼ片づけ終わって、残されたインフラがあって、気仙沼は確かに”復興”だ。
あさはかにも、そんなふうにあっさり結論付けた。
このときふと、気仙沼で買った写真集のことを思い出して
リュックサックから取り出して眺め始めた。
…予想外に凄惨な光景だった。
僕は朝歩いたとき、商店街は普通だったから津波の被害は軽かったのかな、
なんて思っていた。違っていた。間違っていた。
僕が歩いた箇所は全て津波の被害に遭っていた。
写真の中の通りに見覚えがあった。
自動車が流され、浸水し、家々が倒壊していた。
港では倒壊した重油タンクから漏れて72時間、火が燃え続けたのだという。
その全てをこの2年間で片づけて、ようやくスタートラインに立ったのだった。
人間の内なる静かな力強さを感じた。
気仙沼の人たちに悪いことをした。
街がこじんまりと静かに感じられたのは、犠牲を払ったあとだからだ。
(市役所の庁舎もかつての写真を見ると別な建物だった。
 そう、津波で流されて恐らく今の庁舎へと移ったのだ)


16:24 到着予定。バスはトイレ休憩を挟みつつ、2時間かけて一ノ関駅へ。
運賃は1,600円。次の東北本線盛岡行きは 17:31 で時間がある。
昼食べてないからラーメンでも食べるか。
食べログを調べてみると駅前の「丸長」が有名らしい。
行ってみると夜は 17:45 から。ありつけず。
他にないか探して回るがめぼしいものはなし。
駅前の「いろはにほへと」って北上でも駅前に見かけたな。
津波に襲われた気仙沼の写真の中にもあった…


吹雪で体が冷えていったん駅まで戻る。
駅併設のベーカリーでカフェオレを頼む。
カレーパンが焼き立てだったのでついでにそちらも。
飲み終えて、また外に出る。本屋を探す。
帰りの電車でもしかしたら『日本の島々、昔と今。』読み終えるかもしれない。
もう1冊持ってきたハヤカワの『ミステリアス・ショーケース』は
ホテルに置いてきた。
「北上書房」というのが入ってみたら奥に長く、品揃えは悪くなかった。
(申し訳ないことに結局何も買わなかった)
岩波新書のフェアを開催していて、店員たちによるものだろう、
手書きのポップを添えて紹介していた。
地方の頑張っている書店っていいもんだ。


東北本線に乗って戻ってくる。『日本の島々、昔と今。』をほぼ読み終える。
駅を出る。朝からカレーパン1個だけ。さすがに腹が減った。
昨晩見かけて気になったラーメン屋「知床」が近くの飲み屋街にある。
行ってみたら店を開けてなかった。定休日なのか。
付近にあったもう2つの店も開いてない。どういうこと?
今日はとことん、食事にありつけない1日だった。
知らない町で吹雪の中を探し回るのも辛く、
とりあえずここならやってるだろうと「さくら野百貨店」へ。
ポスターを見たら『しあわせカモン』という映画が
水沢と北上で撮影したことを縁に今週末23日の土曜に舞台挨拶を行うようだ。
主演女優の鈴木砂羽など。
4階の本屋で伊藤計劃虐殺器官』を買う。


4階の飲食店街で「なごみ家」の北上コロッケをふたつと白金豚とんかつ御膳。
あと生ビール。とんかつの肉は花巻産。
せっかくだから岩手県のものを食べておこうと。
(なぜか「なごみ家」そのものは店は開いてるのに客席が閉まっていて、
 向かいの中華の店でオーダーできるという不思議な仕組みになっていた。
 なんらかコスト削減なのだろう)
北上コロッケはやけに滑らかな食感の芋だなあと思いつつ、うまいねと食べる。
後で調べてみたら里芋が入っていた。あと、アスパラ。
県産牛肉・豚肉とこの4つが入っていれば公式レシピから多少反れていても
北上コロッケとして認められる仕組みであるという。
http://www.city.kitakami.iwate.jp/sub03/bussan/bussan01/page_1200.html


帰りはアーケード街を。諏訪神社の前を通る。
酒のつまみを補充しておこうと駅前の観光物産館の土産物屋へ。
奥州煎餅の黒胡椒味、小岩井農場のサラミソーセージ入りのチーズと
牛タンスモークのやはり黒胡椒味。どれも安くて200円程度。
ホテルでそのまま食べるんで箸ないですか? と聞いたら
売り場のおばちゃんが併設のスーパーにもらいに行ってくれた。
ありがたいもんです。


部屋に戻ってこの日のことをひたすら旅日記に書く。
足の爪が伸びていることに気付いてフロントに爪切りを借りに行く。
明日はゆっくりできるので夜は『虐殺器官』を読みながらまったり過ごす。
午前2時に眠る。