情報のマタハリ化

昨日の昼。Yahoo! トップページのトピックスに
「美人踊り子スパイ生家焼失 蘭」とあった。


クリックするとこういうことだった。
「美人女スパイ、マタ・ハリの生家焼失 オランダ」
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131021-00000021-jij_afp-int


マタ・ハリ」の名前は今時の若い人には通じないのか。
何か大事なことがすりぬけるような、ひどくもどかしい言い換えだなー。
と最初は思った。


マレーシアの血が入ったエキゾチックな顔立ち。
第一次世界大戦の時期、パリで活躍。
フランス人の将校もドイツ人の将校も手玉に取った妖艶な踊り子。
フランス側の情勢が悪くなると二重スパイの容疑で銃殺される。
マタ・ハリ」自身を、あるいはモデルにした映画がいくつもつくられ、
グレタ・ガルボマレーネ・ディートリッヒが演じた。
そんな物語が「マタ・ハリ」の名前にシンボライズされる。
それが、抜け落ちてしまう。


いや、違う。ふと気がつく。
確かに、「美人踊り子スパイ」とあると思わずクリックしてしまう。
男の悲しいサガで。
マタ・ハリ」だとクリックする前に
「ふーん。そんな残念なことが起きたのか」で終わってしまう。
「美人踊り子スパイ」これは意図的にそうしたのかも?


情報というものにはこんな性質がある。
向かうべき地点を直接的に示すと、そこに達するだけで終わる。
伏せたり、“らしさ”や“見立て”や“メタファー”で示すと
その先の可能性を暗示させることができる。


これを「情報のマタハリ化」と呼ぶことにする。
インストラクションとは、直接的で合理的な方がよい場合と
推論的で仮説形成的な方がよい場合とがある、ということ。


厳密に言うと、ここでは「マタ・ハリ」と呼ぶことで広がる連想と
マタ・ハリ」と呼ばないことで広がる連想とがあることになり、
今回のケースは呼ばないことの方が
WEBサイトとしては効果的だったわけです。