Rain King

これでもう雨が3週間降り続けている。
ドアの外から漏れ聞こえてくる嗄れ声に聞き耳を立てると
既に7階までが水に浸かっているようだ。
ここ8階まではあと2日か、3日か。
下の階から逃れてきた避難民たちが廊下を埋め尽くし、
生気のない荒れた空気の漂っているのが感じられた。


通路の隅に糞尿を垂れ流し
衛生状態は極限まで落ちているのだろう。
どこからか蝿が忍び込んでくる。
伝染病にやられるのが先か。
そういう僕も窓から毎晩バケツで投げ捨てている。


時々ドアを叩くものがいる。
暴力的な発作に囚われてどのドアだろうと構わず蹴りつける。
あるいは少しでもいいから食べ物を恵んでくださいと哀願する。
「中にいる人は出てきてください。食べ物を独り占めしてよいのですか?
 良心が痛まないのですか? 私たちと力を合わせませんか?」
僕はその全てを無視する。
彼らの中に入っていくことはこの身を差し出し、僕の死を早めるだけだ。
僕はソファーに寝そべって、鍵を掛けたドアを眺める。
そして今日の分の缶詰を食べる。
甘いシロップのような液体の中のいわしの蒲焼。
食べ終わってやはり窓の外に捨てた。
水面は無数の人が捨てた無数のゴミで覆われ、淡く波打っている。


どこかでこのドアを開けなければならないだろう。
外に出て行くために。
この階も水浸しとなって。
最上階の廊下はここの権力を握ったものたちが占有しているのだろう。
デヴィッド・ボウイは歌った。
「僕たちは1日だけならば、王様になることができる」


遠くからヘリコプターが近づいてくるのが聞こえた。政府の何かか。
僕は窓際に近づいた。
曇り空の間を通り抜けて消えてゆく。
向かいのマンションのいくつかの部屋からも
同じように力なく身を乗り出して見上げている人たちがいた。
先週までならば「助けれくれ」と声の限りに叫ぶのが聞こえることもあったが、
何日か前にパタッとなくなった。
音が遠ざかって、ノロノロとまた窓辺から人が消えていった。


夕暮れ。暗くなった室内を眺める。
電気も水道も使えなくなって、ラジオも入らない。
この世界がどうなったのか誰も知らない。
伝えるものもない。聞くものもない。
雨が降り続く。
誰かが今もドアを叩いている。
僕は毛布に包まって、頭から潜り込んで、全てをシャットダウンしようとした。
だけど眠れない。もうずっと長いこと、眠れずにいる。