妻の友人に自主映画を撮っている人がいて、
あるときつくった作品が道端に落ちていた片方だけの手袋を iPhone で撮影するというもので。
誰がなくしたものなのか、いつ、どんなふうに落としたものなのか。
もう片方はどこでどうしているのか。なくした人は何を感じているか。
必要最小限の物語がそこに立ち上がる。
しかしなんで手袋が片方だけ落ちていくものなんだろう?
両方落ちて、風に吹かれたり野良犬が咥えていったりするのか。
そう思っていたら先日、妻が手袋を落とした。
風の強い暖かい日に、
鞄を開けて荷物の上に載せて歩いていたらいつのまにか落としていたのだという。
改札の前で「落としましたよ」と声をかけられて、もう片方が見つからない。
それが後日家の近くで出てきた。別々に風にさらわれたのだろう。
なるほど、こんなふうにして片方だけの手袋が生まれるのか。
こういうのはわかりやすいけど、よくわからないのは片方だけ靴が落ちているとき。
あれはなんなのか?
会社用の革靴であるとか、小学校のズックとか。
両方揃っているのは見かけない。
そういうの怖いですよね。横断歩道の前にあったら飛び込み自殺みたいで。
靴を捨てるには脱がなきゃいけないわけで。
その後は地面の上を靴下や素足で歩いて、目的地に向かったり帰ったりすることになる。
わざわざそんなことをする状況が思い浮かばない。
抱っこされている乳幼児ならまだわかる。
その子かおかあさんが持っていたのを落として気付かなかったのだろう。
しかし会社員の履いていたと思われる靴だったら? 彼はその後どうしたのか?
ごみ袋に捨てたのを犬があさったのか。
こんなふうに思いたい。
将来的に国家規模の機密情報となりかねないような重要な研究を進めている科学者がいる。
今はまだ無名だ。普通に町を歩いている。
現時点の研究の成果を彼ごと奪いたいと考えているとある国のスパイが
彼を拉致して連れ去ろうとする。
夜、人気のない道端に寄ってきてワゴン車のドアがスーッと開く。
中から出てきた男がクロロホルムをしみこませたガーゼを彼の口元に当てる。
しかし効きが甘かった。彼はじたばたする。脚で男を蹴ろうとする。
そのときに靴が脱げた。とにかく男と仲間たちは彼を中に押し込んで走り去る。
片方の靴だけが後に残される。
あるいは四次元の穴が開いたとか天狗に連れ去られて神隠しに合うとか。
そんなときに履いていた靴がゆるかったり、足の裏が痒くて脱いだところだったり。
なんにせよ彼は我に返ったとき靴が片方だけで、かなり居心地の悪い思いをするだろう。
こんなものいらんともう片方を投げ捨てる。それがまたどこか別の場所に転がる。
たぶんそういうことなのだ。
あるいは、から傘お化けが現代を生きるには靴がいいなと
適当に入った家で盗んだんだけど、やっぱあわんわ、下駄の方がいいと
その辺に捨てていくとか。
きっとそうだ。そういうことにしておこう。