例のやつの出だしを書いてみる

世界の終わり。
30を過ぎてから、そのことばかり考えている。
誤解してほしくないのは
「こんな世界は消えてなくなればいい」って言いたいのではなく。
ただ単に、それもまたいつの日か終わりを迎えるのだ、ということ。
雨の日ではなく、よく晴れた日にそのことを考える。
会社に向かう途中歩いていて、公園の側を通りかかる。
そこには名前の知らない人たちがたくさんいる。
いつも同じ時間にジョギングで追い越していく人がいる。


誰にも話したことはない。
話したってしょうがないから。
同じような考え方をしている人がいたとしても、会いたくはない。
共有すべきことは何もない。


終わりってどんなふうに? ねえ、どんなふうに?
ああ、うるさいな。そんなことどうだっていいじゃないか。
一瞬だよ。そう思う。そうあってほしい。
そしてそれ以上のことは何も分からない。
だけどその一瞬が永遠のように引き伸ばされている風景がそこに広がっていて、
その中にポツンと一人立ち尽くしているような感覚がふっと通り過ぎていく。
それがついさっきで、会社に向かうため歩いていた。
目を閉じたり、深呼吸したりはしない。
何事もなかったかのように歩き続ける。
全てを、忘れてしまおうとする。
そして本当に、忘れてしまう。
結局のところ、どうでもよかったのだ。


会社のことについて話そう。
コンピューター関係、システムというやつだ。
何かをつくったり、何かを変更する。
それが時間的、ないしは空間的に、具体的に抽象的に移動する。
その間、何らかの意味や価値が増えたり減ったりする。
「情報はノイズから生まれる」誰かがそんなことを言っていた。


働いて、お金をもらう。お金をもらって、何かに使う。
うまくいくこともあれば失敗することもある。
普通の人ですよ、そう。誰もが同じこと。
基本的にこの国に生まれてよかったと思いますよ。ええ。
だけど投票に行ったことは一度もありません。
だって、ねえ、世界は終わってしまうんですよ?


大きな視点で言ったら、全てが同じことの繰り返しです。
小さな視点で言ったら、あらゆる瞬間が新しいということになります。
でも、つまるところどっちでもないじゃないですか。
何事もゼロかイチの間。はっきりしない。割り切れない。
それで何が困るというのでもない。
ゼロなんてね、存在しないんですよ。
無は存在するんですか? 実体化可能ですか?
イチは何がイチなのですか? 数えられるんですか? 
数えるってどういうことですか?
数字を使わずに、あなたは説明することができますか?
目の前にリンゴがひとつあります、というのと
数字の1は厳密に言うと何かが違うじゃないですか。
コンピューターを前にして考えることはだいたいこんなところです。
要約すると金のことと数字のことです。
他の人たちはいったい何を考えているのでしょう?


昔々あるところに女の子がいました。
退屈ですか? こういう話は。
女の子は赤い靴がほしいと思っていました。
その赤い靴で1人静かに踊るのです。
ジゼル。そう、ジゼルという単語が今思い浮かびました。
これ、なんでしたっけ? 調べたりしたらヤボですよね。
ファッションに何らか関係していたような気がします。
赤い靴がほしくて女の子は嘘をつきました。
それがささやかな秘密になりました。
世界の果てでたった一人女の子は踊る。踊り続ける。永遠に。
でないと秘密がばれてしまうのです。
誰に? 継母に。最後の靴を売ってくれた人に。
もう何年も前に遠くの国に引っ越していった友達に。
それはつまり、女の子にとっての全世界に。


そういえば、世界と宇宙ってどう違うんでしょうか?
宇宙空間じゃないですよ。地球の大気圏の外の。例のロケットがとぶやつ。
そうじゃなくて、例えば哲学で言うところの宇宙。
空間ってあるじゃないですか。どっちと親和性が高いのでしょうか?
アインシュタインが場の話をしたじゃないですか、あれがよくわかりませんでした。
だけどサン・ラーという人がつくったアルバムのタイトルが「Space Is the Place」
これはなんとなく何かが分かるんです。
でも、翻訳したらおかしなことになりますよね。
この「Space」って宇宙なのでしょうか、それとも世界なのでしょうか。
というかこういう二項対立でAかBかって意味ないですよね。
あるときには宇宙かもしれないし、あるときには世界かもしれない。
そういう可能性だけがあるんですよ。たぶん。


世界が終わったとき、宇宙はどうなっているのでしょうか。
何食わぬ顔をして宇宙の方だけが存在しているのでしょうか。
それはどこかポッカリと穴があいたようです。
いや、ここでは世界の意味を全くのところ取り違えているのかもしれません。
いやはや。村上春樹的に言ったら、やれやれ。
思い出した。宇宙は1つだが、世界は観測者の視点によっていくらでも存在する。
だから今ここで1つなくなったところでどうってことない。
それはつまりこの世界でどれだけの人間が死んだとしても
大きな視点で言ったら、たいしたことないということになります。
小さな視点で言ったら、誰もがかけがえのないひとつだけの花。
ここでまた、ゼロとイチの話に戻るんです。
困ったことにいろんなものがループしてるんです。
ループしないもののほうが少ないんです。
始まりも終わりもないんです。
全てが途中からで、誰もがそこに放りこまれるんです。
それが宇宙だったり世界だったりするわけです。やれやれ。


こんな感じでよければもっと話しますけど、続けましょうか?