もうひとつの代表作『かりあげクン』というのがあって、
連載開始が1980年代初めからだから実に40年以上に渡って続いている。
僕が小中学生の頃はマイナーな漫画だと思ってたのが
(叔父の家に置いてあったのをよく読んだ)
そのかりあげクンは「ほんにゃら産業」という商事会社に勤めるぐうたら社員ということになっていて
いつもチェックのスーツを着ている。
通勤時は鞄ではなく、書類封筒と言うのか、A4サイズの。
蓋部分とそれを折り曲げたところの近くと2か所に平べったいボタンがあって
紐を渡して何回か巻いてかけることで封をすることができる。
その何も入っていなくてぺったんこになったのを持ち歩いている。
青森に住む中学生だった僕は、
そうか、東京のサラリーマンはそういう封筒を抱えて
会社に行き帰りするものなのだなとずっと思いこんでいた。
もちろんそんなことはない。誰も持っていない。
なのに今『かりあげクン』を読んでも何の違和感もない。
この漫画の中ではそういうものなのだと受け入れることができる。
長年親しみすぎたからか。
他の人はあの書類封筒、どう思っているのだろう。
以前、植田まさしのインタビューをどこかで読んだことがあった。
あの書類封筒の出どころは何かと聞かれて、
会社勤めをしたことがなかったのでサラリーマンが何を持っていれば様になるのかよくわからず、
苦し紛れに持たせてみた、というようなことを言っていたと思う。
でもあれに妙なリアリティがあったのだから面白いもので。
植田まさしは「らしさ」の天才なのだろう。
あの書類封筒に実際に書類が入っていて厚みを持たせて描いていたら逆におかしなことになる。
何も入ってなくてぺったんこ、というところにサラリーマンの仕事なんてそんなものという風刺を持たせていて、
そのことを僕らは無意識のうちに受け入れてしまっている。
そもそもが「ほんにゃら産業」自体何をしている会社なのかわからない。
そこに大勢の社員が働いていて、机の上に山のように積み上げた書類を前にしてせっせと何かを書いている。
あれもまたどういう仕事なのかよくわからない。
ただその書類が右の人から左の人に移るだけっぽい。
最近のは読んでないけど今はそれがパソコンになってるのだろうか。
その書類を“持ち歩かない”ための封筒を手にしてかりあげクンたちは日々家路につく。
なんだか深いような、そうでもないような。