キャッチボール

いつだったか、妻がキャッチボールがしたいと言った。
コロナ禍の前だった。
暖かい季節になったらグローブとボールを買って、公園で。
 
ジョギングしているとたまに見かけた。
陸上競技のフィールドで親子が投げ合っている。
家の近くの路上でもまだ若い父親と小さな子が
むしろ転がすと言った方が近い感じで。
 
妻はキャッチボールをしたことがあったのだろうか。
僕の父はテニスが得意で会社の大会で優勝するほどだったが、
僕は父からテニスを学んだことはなかった。
一度だけテニスコートに連れて行ってもらったことがあった。
恐らくむつ市に住んでいた頃か。小学一年生だ。
その年の3月、父は交通事故で亡くなった。
 
その日父は僕と遊ぶということはなく、
同じ業界の支社の人たちが形作る同好の集まりだったのか、
若い女性の方が初めてラケットを握る僕の相手をしてくれた。
山奥のテニスコートだった。
 
その父とキャッチボールをしたことはあっただろうか。
覚えていない。たぶんなかったと思う。
 
小学校のときも母からグローブを買ってもらったけど、
数えるほどしか使わなかった。
飯場で働いていた叔母から、工員の使っていたグローブをもらったりもした。
友人と1、2回ぐらいか。
年上の従兄が下宿していた時も1、2回か。
あとは小学校のグラウンドで野球をするという時にもっていって、
ずっと外野に突っ立っていただけ。
ボールが転がってきても素手でつかんで投げた。全然届かない。
 
きちんとボールを投げることはできないと思う。
ぎこちないフォームで真っすぐ届かない。
それでもこの年になって始めるのはありかな。
淡々と妻とボールを10球、20球と投げ合うのもありかなとふと思った。
 
まともに投げられるかという以前に
妻のボールを受け取ることができるか。
それも難しいだろう。
しかしいつか呼吸が合うようになったら楽しいだろう。
 
よく晴れた土曜の朝、公園まで歩いていく。
30球とか40球とかゆっくり投げて取って、たまには遠くに探しに行って。
終わったらどこかで昼を食べて帰る。ビールなんか飲んだりして。
いつの日かそんな日が来るのだろうか。