先週買ったCD #10:2020/12/14-12/20

2020/12/14: ヨドバシ.com
Paul McCartney 「CHOBA B CCCP」 (\2933)
※ヨドバシのポイントで
 
2020/12/14: www.hmv.co.jp
kamasi Washington 「Becoming」 \1980
Joni Mitchell 「Archives - Volume 1」 \9900
 
2020/12/14: www.hmv.co.jp
Jagatara 2020 「虹色のファンファーレ」 (\2200)
Chicago 「The Complete Greatest Hits」 (\1316)
HMVのポイントで
 
2020/12/14: ヤフオク
Suzanne Vega 「Solitude Standing」 \8350 ※紙ジャケ SHM-CD
 
2020/12/16: diskunion.net
The  Birthday party 「Prayers On Fire」 \880
 
2020/12/17: www.hmv.co.jp
Queen 「Greatest Hits II」 (\1540)
HMVのポイントで
 
2020/12/17: カケハシレコード
San Nl Lim 「The Second」 \2519
 
2020/12/17: diskunion.net
パール兄弟 「未来はパール」 \1200
Signals 「光と影と人工衛星」 \880
High-Rise 「Psycho Bomb - U.S. tour 2000 -」 \1601
Carleen Anderson 「Soul Providence」 \580
Jello Biafra with Nomeansno 「The Sky Is Falling And I Want My Mommy」 \980
Ojos de Brujo 「Aocana」 \880
 
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The Birthday Party 「Prayers On Fire」
 
初めてニック・ケイヴのことを知ったのは高校生一年生の時だった。80年代後半。
前にも書いたけど、当時インダストリアル・ノイズの最先端とされていた
Einsturzende Neubauten を聞いてみたいと思っていたら
What’s In?』でニック・ケイヴの新作「The Good Son」が取り上げられていて
確か ENの首謀者ブリクサ・バーゲルドと一緒のインタビューも載っていたと思う。
 
当時のニック・ケイヴのバンド、The Bad Seeds は今思うとアンダーグラウンドのドリームチームだった。
ギターがブリクサ・バーゲルド、ドラムは後に Die Haut を結成するトーマス・ウィドラー、
ベースはニック・ケイヴの前身バンド The Birthday Party でギターだった参謀役のミック・ハーヴェイ。
キッド・コンゴパワーズというもう一人のギタリストのことは知らなかったけど、
つい数年前、The Gun Club というアメリカ西海岸のバンドが気になって調べてみたら
そのメンバーだったので驚いた。猥雑でストレートなロックンロール。意外だった。
彼が参加しているのは「The Good Son」だけになるけど。
(以前はベースが Magazine のバリー・アダムソン、ドラムがミック・ハーヴェイだった)
 
さっそくその「The Good Son」を探した。
国内盤が出たばかりだったので青森市でも普通に買うことができた。
新町かサンロード青森の Be-Bop だったと思う。
期待していたブリクサ・バーゲルドの高圧電流ギターが聞ける曲はわずかで、
ニック・ケイヴのどす黒い漆黒のロマンチシズムがムンムンとしていた。
今聞くとフォークやカントリー、ブルース、当時住んでいたブラジルの音楽など
様々な要素を組み合わせた折衷主義的な音楽性だとわかるけど、
ビートルズから始まってパンク、ニューウェーヴ、友人から借りたヘヴィメタばかりを聞いていた
少年にとっては全く未知の音楽。
しかしはまるのに時間はかからず、
「From Her To Eternity」など過去のアルバム4枚のボックスセットを
アルファレコードが出していたのも入手した。
 
その後もニック・ケイヴはメンバーを入れ替えつつ
ブリクサ・バーゲルドやミック・ハーヴェイは脱退したが、
 Gallon Drunk のジェイムズ・ワシントンが加わっていたこともあった)
今も The Bad Seeds と共にソロアルバムを出し続けている。
情念を高く保ちつつ純化させていく孤高のヴォーカリストという点では
日本だとエレファントカシマシ宮本浩次が近いんじゃないかと個人的には思う。
陶酔した節回しであるとか。黒しか着ないところとか。
 
The Birthday Party はそのニック・ケイヴがヴォーカルだったバンドで、
オーストラリアで結成された後にロンドンに活動の拠点を移して本格的に活動を始めた。
(解散後、メンバーの一人ローランド・S・ハワードは
 同郷の Crime & The City Solution に一時期参加、
 そちらには Einsturzende Neubauten のアレックス・ハッケが加わっている。
 バーミンガムの実験的なバンド、
 The Swell Maps の Epic Soundtracks がメンバーだったこともあった)
 
ニック・ケイヴのヴォーカルだけではなく
ミック・ハーヴェイ、ローランド・S・ハワードのギターも含めての
野獣。狂犬。咆哮。混沌と喧騒。暴力的で破滅的。
The Birthday Party の後で当時の周りのUKニューウェーヴを聞くと
押しなべてナヨナヨと軟弱に聞こえる。
 
「Prayers On Fire」は1981年に発表された彼らの1枚目。
路地の裏の暗闇で見境なくすれ違う人に殴りつけているのだとしたら、
次作「Junkyard」は路上のストリートファイト。確実に仕留めに来る。
アスリートとして筋肉がよりしなやかになり、強度が増した分音も整理もされた。
どちらが好きかはその人次第だと思う。
僕は断然「Prayers On Fire」
どこに向かってるのか彼ら自身もわかっていないが、その分無垢なものがあるという。
 
その後彼らはブルースに接近、ニック・ケイヴのソロへとつながっていく。
「Prayers On Fire」を久々に聞いたらあまりにもかっこよく、
もっと鋭い音で聞きたいとリマスター盤を探した。
ギターとニック・ケイヴの声で引き裂かれたい。
 
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Paul McCartney 「CHOBA B CCCP」
 
昔、新宿西口のヨドバシカメラの洋楽コーナーはそれなりに大きかった。
20年ぐらい前だと両面の棚4つ分はあっただろうか。
それが棚2つに減らされ、1つになり、
先日訪れたら1つの棚の片面の半分、5段ぐらいにまで縮小されていた。
CDってほんと売れないんだなあ。ここに来るたびに実感する。
残り半分はK-POPだった。J-POPはまだ棚2つあったかな。
その残り少ない洋楽も大半がジャスティン・ビーバーのような売れ線のポップス。
あとはデヴィン・タウンゼントといったメタル系がいくつか。
Microsoft Surface を買い替えて、ヨドバシのポイントが1万円分ぐらいあった。
昔は家電を買った後のポイントで洋楽のCDを買うのが楽しみだったけど、
今はもう選択肢が限られている。欲しいものが全くない。
そんな中、Paul McCartney & Wings 「Wings Over America」の紙ジャケがあって、
お、これがあったかと。
 
Paul McCartney のソロアルバムを今から集める気力はなく。
昨年なぜかライヴアルバムのうちの4作が紙ジャケになったとき、
せめてこれは一通り買い揃えるかと。
1993年のワールドツアーのときの「Paul Is Live」(アビー・ロードを一人で犬と渡っている)と
2007年、レコードショップで行ったシークレット・ギグの「Amoeba Gig」
どちらもすぐ愛聴盤になった。
ある頃からのポール・マッカートニーは非常に割り切ってて
こういったライヴアルバムの2/3がビートルズの曲で残り1/3がソロの有名な曲。
”Drive My Car” や "Get Back" "Hey Jude" なんかを普通にやってる。
ソロだと "C Moon" や "Let Me Roll It" 
007シリーズの主題歌になって、後に Guns' N Roses もカバーした "Live and Let Die" など。
中学時代、ビートルズどっぷりだった僕にはもう抗えない。
「Wings Over America」は1976年なので2枚組でもビートルズの曲はごくわずか。
ポールもまだ若くてどんどん新しい領域に進んでいきたかったでしょうしね。
ビートルズの曲はあくまでファンサービス。
 
最後の1枚、「CHOBA B CCCP」も数日後、ヨドバシのポイントの残りで買った。
オリジナルは1988年、ソ連のみで発売された。
1991年、ソ連崩壊後にその他の国でも発売された。
僕は高校生の時に青森市の古本屋でレンタル落ちになっているのを買った。
その頃はパンク、ニューウェーヴオルタナティヴ、グランジマンチェスターばかりで
ビートルズもほとんど聞かなくなっていたので、どちらかというと旧ソ連に対する興味だった。
青森よりも寒い北の国。共産主義、秘密主義の国。007では敵となる国。
その後僕は大学に進学して第2外国語でロシア語を選択、
1994年には語学研修で1ヶ月モスクワを訪れることになる。
”H”はエイチではなくエヌの発音となり、”CHOBA B CCCP”とは
”Back In The USSR” をロシア語で表したものであることを知る。
 
帰ってきてさっそく聞いてみてがっかりしたのを覚えている。
いわゆる”オールディーズ”のカバー集となることは前情報として知っていたけど、
ここまで愚直に何のひねりもなく大真面目にカバーするとは。
僕はもっとビートルズっぽい音の遊びがあるのかなと思っていた。
「Magical Mystery Tour」のようなものを期待していた。
 
リトル・リチャード ”kansas City”(「Paul Is Live」でも演奏している)
エルビス・プレスリー "That's All Right (Mama) "
ファッツ・ドミノ "Ain't That A Shame" ......
ヴォーカルとギターがポール。バックにキーボード、ベース、ドラムのメンバー。
今、約30年ぶりに聞き直して
ポールが幼少期に聞いて育った音に対して敬意を払うならば、
自分の覚えている通りにまっすぐ演奏するのが理に適っていたんだなと。
奇をてらわず、初めて聞いたときのあのワクワクした気持ちのままに。
 
実際楽しかっただろうな。
根っこにガレージロックのあるバンドって
"Louis Louis" をカバーするときやたらうれしそうじゃないですか。
爆音で、ノリ重視で、いかにでたらめに演奏するか。
ああいう感じ。
ポールはここで精いっぱい、敬意を払いつつも羽目を外している。
最も素に近いポールを聞くことのできる作品ってこれじゃないか。
 
追記。週刊文春の桑田パイセンの連載『ポップス歌手の耐えられない軽さ』を読んで、
ソロ1作目「McCartney」だけはいつか買おうと思っている。
パイセンが無人島に持っていく1枚に挙げていた。
1970年、ビートルズ脱退で身も心もズタボロだったときに
自宅に引きこもって一人きりで完成させた。
桑田パイセンは”最も暗いポップ・アルバム”にして”ガラクタという名の宝物”と呼んでいた。
 
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Suzanne Vega 「Solitude Standing」
 
リマスターされていたのを知らずに買いそびれて10年近く、
今となってはかなりのプレミアになっているCDを探して買い直す
というのをこれまで数年間続けてきて、
ようやく最後の大物を手に入れることができた。
それがこのスザンヌ・ヴェガの「孤独」のSHM-CD紙ジャケ。
セルフタイトルの1枚目とこの2枚目がこの形式で発売されたようなんだけど
どちらも amazon に中古で出てこない。さっぱり出品されない。
ずっと待ち続けて1枚目の「Suzanne Vega」は先月 DiskUnion にひょっこり出てきた。
3,550円。定価よりも少し上がったが、これなら買い。
Happy Mondays 「Pills ’N' Thrills & Very Aches」の Deluxe Edition と
Miami Sound Machine 「Primitive Love」のSHM-CD紙ジャケ再発も手に入れ、
あとはスザンヌ・ヴェガの2枚目「孤独」を残すのみ。
 
探しているものが出てくる波があったようで、先月末ヤフオクに出品された。
1,500円ちょっと。即入札してしばらく待つ。
ちょいちょい入札があってそのたびにこちらも再入札してと繰り返しているうちに
4,000円を超えて、最終日に加わった方が自動入札でどんどん釣り上げて
終了間際 7,000円まで上がった時に僕は下りた。こちらの最後は7,250円。
そしたら7,500円で落札されてしまった。
これが悔しく悔しくてクヨクヨしていたら、すぐ別な方から出品があった。
タイミングを見計らっていたのかもしれない。
最初から6,980円だった。強気。
この紙ジャケ、そこまで値段が上がっていいのだろうか?
僕が変に釣り上げてしまった。
責任を取って(?)僕が落札すると腹を決める。
出品後すぐ僕が入札して一週間音沙汰なし。
終了間際になって入札してきた方がいたけど、意地で蹴落としていく。
こちらの鼻息が伝わったのか、さほど入札が繰り返されずに 8,350円で落札。
はあ、なにやってんだか。ボーナス時期でよかった。
この落札後、さらに別の出品者がもっと強気で出してきて
これを書いている今、10,800円で出品して入札者なし。残り2日。
 
80年代半ば、ニューヨークのフォークシーンから現れたスザンヌ・ヴェガ
2枚目「孤独」からのシングル”Luka”が大ヒットして一躍スターダムに。
この曲と1曲目の”Tom's Diner”は今もCMに使われるので知っている人が多いと思う。
彼女の代表作に挙げられるけど、僕としては1枚目の「Suzanne Vega」かな。
彼女の声とギター、簡素なバックだけでそっけない。しかし鮮烈な印象を残す。
あるいは、Los Lobos などを手掛けて売れっ子プロデューサーとなった
ミッチェル・フルームによる4枚目の「99.9F」
突如インダストリアル・サウンドに接近して、
それまでの清楚な雰囲気から大胆にイメチェン。
内ジャケットではサーカスの一場面を演じて大胆に太ももを披露していた。
このアルバムの後でスザンヌ・ヴェガとミッチェル・フルームは結婚したんだけど、
このジャケット、ミッチェル・フルームの趣味だったんだろうか。
 
代表曲”Luka”は明るくポップな曲調だけどアルバムとしてはこの曲だけ、
他の曲はアカペラの”Tom's Diner”のように
真夜中のキッチンやダイナーで一人醒めて、何もない時間を過ごしているような。
誰も求めない。誰からも求められない。
静かで落ち着いていて、ただ一人きり、そこにある。
タイトルそのままの「孤独」
小さな瓶に詰められた、青白い炎。今にも凍り付きそうな。
 
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Jagatara 2020 「虹色のファンファーレ」
 
僕が JAGATARA のことを最初に知ったのは中学生の頃で、
宝島の別冊だった『ROCK FILE vol.5 特別版 The Rocker's 89』を
家の近くの本屋でたまたま見かけて買った。
最後の大物、遂にメジャーデビューという扱いだった。
「それから」をリリースした直後。
裏のページで JGATARA(4段) 以上に
大きく紹介されているのがジュン・スカイ・ウォーカーズ(5段)で、
その次のページは SHOW-YA (3段)という時代。
今たまたま開いたページではスピッツがまだインディーズで1段扱い、同じページでは
Thee Michelle Gun Elephantアベフトシが加入していたストロベリー・ジーンがやはり1段。
(もちろん、T.M.G.E は結成されていない)
 
引用してみます。
『およそ10年前、チンポ丸出しで額から血を流しながら絶叫する
 ヴォーカルアケミの姿を目の当たりにした人々の中に、
 たとえひとりでも JAGATARA のメジャー・デビューを予想した人がいたであろうか?』
『83年後半からアケミの精神に障害とおぼしき徴候があらわれ始め
 病院からライヴ会場へ通うという状態ながらも、しばらくはライヴを続けるが
 84年2月のステージを最後に JAGATARA は活動停止状態となる』
いったいどんなバンドなんだ?
年が明けて1990年すぐ、江戸アケミは風呂場で溺死。自殺を噂される。
JAGATARA は解散となった。
 
いったいどんなバンドなんだろう?
ずっと気になっていたけど青森に住んでいてはその音源に接する機会はなく。
上京したのちに国立の DiskUnion でライヴアルバム「JA・BOM・BE」を見つけた。
その後代表作となるアルバムを何枚か中古で買った。
すぐにも自分にとって重要な音楽のひとつとなった。
「裸の王様」の 最後の曲”もうがまんできない” のフレーズ ”心の持ちようさ” は
辛いとき、怒りに震えるとき、ことあるごとに心の中で鳴った。
「ニセ予言者ども」の”都市生活者の夜”は今も日本ロック史上No.1の名曲だと思う。
The Doors ”The End” や ”When The Musics Over” に匹敵する抒情詩。
 
ファンク、アフロ、ラテン、パンク、フォーク、演歌。
ダンサーもいればホーン隊もいる。
この世の全ての音楽を喰い尽くし、呑み尽くし、笑いながら、全身全霊のゲップで吐き出す。
裸の、気持ちよい音。バカ正直な、涙と鼻水を流しながら。
天狗にさらわれてたどり着いた山奥の村で終わりのない祭り囃子が鳴っている。
 
江戸アケミの三十回忌に合わせての本格的な復活。
それまで大所帯のメンバーが何人か集まっての限定的なものは散発的にあったが、
ここまでそろったのは初めて。
その間、江戸アケミ以外にもナベに篠田昌巳と中心メンバーが亡くなっている。
新曲は2曲。
「虹色のファンファンファーレ」のヴォーカルは今回の復活に尽力したダンサーの南流石
JAGATARAと知らずにテレビのバラエティ番組で見てた人は多いと思う。
この曲は JAGATARA の遺伝子を化石から復活させてクローンの
つぎはぎの恐竜を作ったような感じ。
”それから” に ”おあそび” とこれまでの曲名・アルバムタイトルが織り込まれていたり、
”都市生活者の夜”を思わせる一節をホーンが吹いたりと。
残されたメンバーは皆それぞれ大人になって、それぞれの生活があって、
というつぎはぎでもある。
CD後半に収録された88年、89年のライヴ音源の生命力には全然かなわない。
 
もう1曲の新曲は「れいわナンのこっちゃい音頭」
やってることは同じはずなのに、こっちはかなりしっくり来た。
Turtle Island というバンドの永山愛樹がゲストヴォーカル。
世代的には3つも4つも下になるだろう。
そんな若い彼が JAGATARA の遺伝子を受け継いで新しく生まれ変わらせた。
JAGATARA は守っていくべき古典芸能ではなくて、
その時代時代の血を入れてどんどん変わっていくのが本来なのだということがよくわかった。
(もちろん1曲目は旧メンバーだから面白くない、ということではなく)
 
今年1月、復活ライヴをやったようだ。見たかったな。
その後も演奏の機会はあったはずなのに、おそらくコロナ禍で失われてしまった。
もう少し続けてくれることを願う。
 
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Jello Biafra with Nomeansno 「The Sky Is Falling And I Want My Mommy」
 
ジェロ・ビアフラは70年代後半、サンフランシスコのハードコア・パンクバンド
Dead Kennedys の元ヴォーカリスト
バンド名がケネディ大統領を揶揄、
ビアフラは60年代末ナイジェリアの悲劇を生んだビアフラ共和国のこと。
パンクのコンピによく収録される代表曲が ”Holiday In Cambodia” でやはりカンボジアの内戦。
政治的、というか根っこはアナーキーな活動家なんだけど
世の中の既存の価値観をせせら笑ってひっくり返す、トリックスターとしてのパンク。
聞く人の耳に突き刺したらそれで終わり、性急なリズムでガチャガチャやるだけの
ヴォーカル、ギター、ベース、ドラム、必要最小限のDIYなパンク。
 
周りのメンバーと仲たがいしたのち、ソロへ。
スポークンワードの活動をしつつ、Dead Kennedys の後輩たちのバンドと共演。
Ministry との Lard の一連の作品が有名ですが、
他にも Melvins や Nomeansno なんかとも。
このコラボレーション、音楽的に一癖も二癖もある連中といつも組んでいて
ジェロ・ビアフラもハードコアシーンの目利きだよなあと。
 
Nomeansno はカナダの
ロブ・ライト(ヴォーカル、ベース)とジョン・ライト(ドラム)の兄弟によるバンド。
そこにギターが加わるんだけど、名無し扱いでクレジットされていたりする。
変態、バカテク、変拍子といったところでよく語られる。
「Wrong」や「0+2=1」が代表作かな。
音楽的な引き出しが多すぎて30秒先がどんな展開になっているかわからない、
ハードコアパンクのびっくり箱。
 
このアルバムもアメリカのパンクバンドの見本市を一人でやっているかのような。
1曲目から煽りまくるベースにジェロ・ビアフラのアジテーションでどかどかハードに攻めてきて、
2曲目のタイトルは”キリストはテロリスト”もっとスピードを上げて突っ走る。痛快。
オンボロな車に最高級に狂ったメカニックが作ったエンジンを積んで、
いろんな障害物をぶっ壊しながら爆音で突き進む。
やりたい放題やったらお互いの凸と凹が嚙み合って名盤が生まれるという稀有な例。
ジェロ・ビアフラが基本トラブルメイカーのようでどのコラボも長続きしないのが難点。
Lard も結局は喧嘩別れなのかな。
でもそういうヒリヒリしたものの方がロックの場合、いいものが生まれるんですよね。