『KISSxxxx』

いろんなロックを聴くけど根っこにあるのはパンクとニューウェーヴ
そんな僕の価値観を案外深いところで規定したのは
楠本まきという漫画家の『KISSxxxx』という作品なのだと思う。
その筋ではカルト的な漫画なのではないか。


繊細で神経質な細い線で囲まれた黒と白の平面があるだけの耽美的な画面構成。
(明らかにビアズリーの影響だと思う)
天真爛漫というよりは天然ボケな、ゴスロリな服装の似合う美少女と
バンドのヴォーカルをやってるんだけど無口な美少年のプラトニックなカップルと
その兄弟やバンドのメンバー、友達のバンドなどが登場して
演奏したりスタジオで練習したり学校行ったりといった日常が淡々と描かれる。
案外ユーモラスな場面も多かったが、
それ以上に作者の詩的感受性には有無を言わせないものがあった。


海外のアングラなバンドがそれとなく言及されていた。
Einsturzende Neubauten の名前を知ったのはこの漫画からだった。
主人公が嫌なことがあったときに部屋を真っ暗にして毛布をかぶって聞いている。
帰ってきた姉が言う。
「もっと普通の弟が欲しかった。暗闇でノイバウテンを聞いてるようなのではなく」
中学生の僕はそんな恐ろしい音楽があるのか、いつか聞いてみたいと心に刻んだ。
当時インターネットはなく、それ以上の情報が得られなかった。
もちろん地元のCD屋(BE-BOP)でも売っていない。レンタルCD屋にも置いていない。
その後、中3の頃に『PATi PATi』か『What's in』を読んでいたら洋楽コーナーに
ニック・ケイヴの新作『The Good Son』(1990)が取り上げられていて、
ギタリストがノイバウテンブリクサ・バーゲルドであると。
バスに乗って市街地に出る日を指折り数え、すぐさま買いに行った。
…青森の中学生にとってはなかなか難易度の高い音楽であった。


作曲家マイケル・ナイマンの名前を知ったのも『KISSxxxx』だった。
今手元にないのでどの巻かはわからないんだけど、余白のページに
この漫画をイメージしたミックステープの選曲リストが載っていた。
カセットテープのラベルをイメージして書かれていた。
その1曲目がマイケル・ナイマン『エンゼル・フィッシュの腐敗』だったと思う。
やはり青森では聞くことができず。
その名前と再会したのはカンヌでパルムドールを獲得したということで見に行った
ピアノ・レッスン』のサントラだった。


小4か小5の頃、通学のために一年間従姉が下宿していた。
従姉は『マーガレット』を毎月欠かさず買っていて僕も読ませてくれた。
その後もお盆や正月に親戚の家に集まるとやはり買ってきていた。
他には『伊賀野カバ丸』や『ギンギラちかちゃん』が好きだった。


調べてみたら作者が監修した CD が出てるんですね。
『KISSxxxx』のイメージに近いバンドを集めた。
SAKANA や割礼、Dip the Flag といったラインナップだった。


その後の漫画はずっと読んでなくて、今はロンドン在住で漫画を描いているのだとか。
以前、西原理恵子の初期の麻雀漫画だったかで
漫画家を集めて麻雀をやったときのことが書かれていて、
楠本まきはもう一人他の誰かとペアでキャーキャー言いながら打っていたと。
あれは確か楠本まきだったと思う。