大相撲の今

大関貴景勝が2勝7敗でなかなか結果を出せないまま、休場。
先場所のような覇気がない。
横綱になるというのはかくも難しいものなのか。
 
今場所もまた横綱は不在。
白鵬は戻ってくるかとされたが、新型コロナウイルスに感染。
鶴竜はもはや復帰は難しいんじゃないか。
ひとつの時代が終わったと思う。
正代と朝乃山は今場所調子よいものの先場所は足や肩を痛めて休場。
ガラスのようにもろい、横綱大関たち。
相撲ファン歴の長い妻と、この件話す。
 
「時代が変わったのだなと思う。
 相撲という在り方が現代社会にそぐわないのか。
 国技として日本の心や精神性体現すべき、背負うべき
 というところが形骸化しつつあるのかもしれない。
 なのに相撲協会の上の方や年上の親方衆が
 かつての価値観のままというか。あるいは惰性なのか。
 変わるべきなのか、それとも立ち返るべきなのかがはっきりしない」
 
「そもそも相撲協会が力士OBの集まりなので
 なかなか一般的な社会組織としてのセオリーが身につかない
 という話は聞いたことがある。
 しかし無理もない。
 学校を出るか出ないかで入門して相撲一筋で来ているからね」
 
北の富士はその分、夜の街で社会を学んだのだな。
 それはそうと、自分たちはズルズルでも
 周りの大人たちがきちんと力士たちを、相撲を、支えてきたんだろうな。
 それが今、なくなってきている」
 
「そうそう。タニマチが教えてくれること、たくさんあったと思う。
 パトロンって必要だよなあ」
 
僕のようなにわかファンが言うまでもないが、
問題は、いろんなことがずれてきていることにあると思う。
古いままのものと変わってしまったものと。
変わるべきではないものと、変わるべきもの。
相撲協会の運営の仕方、興業の在り方
・社会が大相撲という国技に求めるもの
・個々の力士が大相撲を通して体現したいと考えているもの
・相撲部屋、親方とおかみさんという仕組み
国技館のソフト・ハード面:行司や呼出、懸賞金、土俵、砂被り席、土俵入り
・引退後の身の振り方
 
ちょんまげに回しというスタイルが変わってほしいとは思わないが、
一方で四股名もキラキラネームのようにパッとは読めないものも増えてきた。
国技館の焼き鳥はうまかったなあと思う一方で
取組後の様々な角度からのリプレイ放送はとても便利。
大相撲って今、とても不思議なことになっている。
いろんなことが微妙なまま、危ういバランスでギリギリ成り立っている。
 
そういえば。
先日、NHKのとあるコロナ禍の現状についての番組を見ていたら
視聴者からのコメントが画面の下の方に表示されて
NHKは上半身裸の男たちがぶつかり合う映像を中継するのをやめろ」
みたいなのが最後に。
どこまで本気かわからず冷やかしのような気もするけど、
これを選んで出してしまったのは放送事故のような。
コメンテーターたちも何も触れず。