青森に帰る

朝5時に起きて羽田へ。
飛行機に乗って青森に帰る。
何でこんな時期に、と言えば父の23回忌が行われるから。
表向きの理由はそうなんだけど、
裏の理由としては東京を飛び立って青森に到着し、
××寺で行われる法事までをビデオに撮りたかったから。
「29」の中でものすごく大事な場面になる。
(今日この部分の撮影で「29」は一応クランクアップということになる。
 ほぼ1人でやっててクランクアップもないのだが)


土曜は結婚式で東京にいなければならず、
日曜とんぼ返りもなんなので月曜は会社の休みを取る。
せっかく遠くまで帰るんだからもう少し長く居たいんだけどそうもいかない。
1泊のみ。


浜松町からモノレールに乗った辺りからカメラを回し始める。
空港の中でもJALとANAのカウンターがずらっと並ぶあの辺とか、
手荷物検査を受けた後の出発ロビーでも多少回す。観光客っぽく。
出発ゲートから機体に乗り込むまでのバスで面白い映像が撮れる。
飛行機の中でも窓の外に広がる雲とその合間に見える雪に覆われた山を撮影。
風景ばかり。
(飛行機に乗り込んですぐ撮ってたらスチュワーデスに見つかって、
 離陸してしばらくするまでは電子機器は使用しないでくださいと注意される)
もうかなり昔、サークルの後輩の山田が青森に撮影しに来たとき、
座席に座って外を眺めている自分ってのをスチュワーデスに撮ってもらった
と言ってたのを思い出す。


青森空港に着くと中では歩いている間ずっと回しっぱなし。
バスに乗って青森市街に向かう道中も回しっぱなし。
青森駅で降り立って、正月に寒風吹きすさぶっつうか吹雪の中1人トボトボと撮影しに行った港へ。
あの時とは打って変わって海は大変穏やか。
空も晴れていてベンチに座ってぼけーっと日向ぼっこをするのによさそうだった。


法事の時間までは時間があったので、歩いて小さかった頃住んでいた一角へと行ってみる。
小さなときにはよくわからなかったんだけど、寂れた飲み屋街。
雑居ビルに色とりどりのスナックの看板がひしめいている。
僕ら一家が住んでいたアパートはまだ建物として残っていたものの、まるで廃墟のようになっていた。
住んでる人がいなさそうな。
肌色に塗られた壁が長年の汚れでまばらな灰色になっていた。
興味が沸いて、カメラのスイッチを入れたままこっそり中に入る。
扉がギギギギーーーと鳴る。猫がふっと現れて物陰に隠れる。
1階の玄関付近は管理人の物置と化しているようで
タイヤだの灯油だの工具だの雑多なものがひしめいていた。
まだ誰か住んでるんだろうなと思う。世捨て人のような誰かが。
階段を上っていく。僕の一家が住んでいた3階へ。
コツンコツンと僕の歩く足跡が階段に、廊下に、寒々しく響き渡る。
人の住んでいる全く気配なし。
薄ら寒いものを感じて慌てて引き返す。マジで怖くなった。
20年ぐらいの間にここが市の中心部ではなくなって、活気がなくなって人が離れていく。
住む人も減っていって維持費を捻出できず、もしかしたら取り壊す費用もない。
そんなところだろうか。
「僕はこんなところに住んでいたのか」
そう思うと別の意味で、同時にいくつかの意味で、ぞっとした。


××寺へ。
行ったら先に祖母、母、妹が到着して待っていた。
父の23回忌。出席者は僕を含めて4人だけ。
斎場に位牌が置かれ、花や果物を供える。
こういうときって撮っちゃいけないんだろうなあと後ろめたい気持ちになりつつも、
何食わぬ顔をしてあれこれ準備をする母や妹を撮る。
これまで9本映画を撮ってきて、ドキュメンタリーっぽいものの何本も作ってきたが、
家族にカメラを向けるのはこれが初めてだったりする。
そんでこの日の場面が最後となって今回の映画の撮影は全て終了。
もしかしたら何かに使うかもしれないと住職の読経も撮っておく。
このときばかりは僕はカメラを持たず、荷物の隙間にこっそりと置いて隠し撮り。
音声だけでも使えるようなら上出来。


座敷に通されると寺の職員の人が壁際に並べてあった小さな椅子を運んで、
どうぞ利用してくださいと言う。
椅子に座るってのは初めて。
これまでこんなときでもなければ正座をすることってなくて
足がしびれて大変な思いをいつもしてきたものであるが。
正直ありがたく思う。
お経が読まれている間、取り留めなくいろんなことを考える。
父との思い出を振り返るってことではなくて、現在の自分のいろんなことを。


法事が終わると妹が運転する車で浅虫まで行った。
浅虫青森市の東の外れにある、海辺の温泉街である。
遊園地や水族館があって、僕の小さい頃青森市内の行楽地といえばここぐらいしかなかった。
母が以前来たことがあるという温泉宿へ。
「休憩プラン」ってやつで部屋でお膳を食べて温泉に入ることになっている。
僕はそれまで食事と温泉は別々の場所だろうと思っていたので、
食事の後はそこで別れて、1人水族館に行って水槽の中を泳ぐ魚の映像を撮るつもりでいた。
でもそれもなんだなあと思い、せっかくの機会だし温泉に入ることにする。


大浴場と露天風呂。どちらもピカピカにきれい。
男湯には客は僕しかいなくて貸切状態。くつろげることこの上ない。
もちろん露天風呂へ。
最初足を入れたときには「ぬるいかな」と思ったのであるが、その後ちょうどよくなってくる。
絶妙の温度。いつもなら温泉に入ってもすぐ出てきてしまう僕がかなり長いこと浸かってる。
このところ「1人」だの「孤独」だの考えていた僕であるが、そんなことどうでもよくなってしまう。
「なんだってええやん」と凝り固まっていた気持ちがほぐれる。
お湯を出て部屋に戻り、テレビをつけると高校野球をやっている。
岡山城東愛工大名電の試合。
愛工大名電ってイチローのいたところだよなあなんてツラツラと思いながら
風呂上りのビールを飲んでるともう最高。
「ゴクラクゴクラク」と心の中ニコニコする。
法事もつつがなく終了し、撮影も予定した分をこなすことができて、
「あー来てよかったなあ」素直にそう思う。


部屋の雰囲気がよく、
風呂もよく(女湯はもっと豪華だったのだそうだ。時間帯によって交換するらしい)、
「なかなかいいね、ここ」と思いかけていたのであるが、食事はたいしたことなかった。
ウニ・アワビ・エビ・ホタテと海産物尽くしのお膳が出てきて見た目は「おお!」なんだけど
味は今ひとつ。みんなそう思ったようで、母は帰ってからもずっとブツブツ言ってた。
(後で支払いに行って「それでもこんなすんの!?」と驚く)
この前団体で来たときは同じ料金でももっと豪華でおいしい料理が出てきたのだという。
他の誰もあんまり食べないので僕が1人あれこれもらって食べる。エビとホタテは4人分食べた。
具合悪くなるぐらい腹いっぱいになった。


帰りは新町で下ろしてもらい、いつもの床屋に行く。
レアものの多い中古CD屋で、とっくの昔に廃盤になった DEVO のミニライブアルバムと
Peter Ivers の編集盤を見つける。
家に帰ってきてからはそれらのCDを聞きながら
最初の頃のブラックジャックを読んでのんびりと夜を過ごす。