Radiohead 来日公演

会社の有志が集まって Radiohead の来日公演のチケットを抽選でたくさん申し込む。
結構あっさり当たったようで、僕も行かないかと誘われる。
喜んでチケットを僕の分も1枚取っといてもらう。
前に見たのは今からもう3年前か。「KID A」を出した後のツアー。横浜アリーナだった。


午前中会社で仕事をした後で会場となる幕張メッセへ。
京葉線Radiohead 見たさの若者たちでギュウギュウ詰め。
ディズニーランドのある舞浜でもほっとんど人は降りない。
席に座った若いカップルが何かを小声で囁いて、笑いあっている。なんだか楽しそうだ。
駅を出ると途切れなく人の列ができている。
ずーっと向こうの先までのろのろと進んでいる。
ヘリコプターから眺めたら蟻の行列のように見えるんだろうなあなんて思う。
歩道橋を上ったり下りたり、ショッピングモールをくぐったりなんかしているうちに
ホールへとたどり着く。ここは毎年サマーソニックの会場としても使用されている。
ロックファンにはおなじみの場所だ。


駅を出てすぐのところでダフ屋に混じって紙を持った若い子たちが立っている。
「チケット余ってます」「売ります」というもの。
普通逆だよなー。「余ってませんか」「売ってください」となるはず。
歩いていると「ダフ屋に売ろうとしたらさあ、500円だって言われて頭来たよ」
という声も聞こえる。
Radiohead も前ほど人気なくなってんのかな・・・、と寂しく思う。


まずはツアーグッズ売り場へ。
Tシャツやポスターが売られている。
Tシャツは「Hail To The Thief」のジャケットをプリントしたもの。
パンフの類があったら買うつもりでいたのだが、無いようなので何も買わずテントを出る。


ホールの中へ。
Bブロック。自分で申し込んだわけではないので知らなかったんだけど、
Aブロックが真ん中から前の方で、Bブロックが真ん中から後ろの方だった。
もうこの時点でどこまで前に行ってもステージは遠く、小さい。
「なんだよー。ケチんないで高い席買えばいいのに!」と勝手ながら思う。
とりあえずかなり前の方まで進んで地べたに座って開演を待つ。
15時開演で16時前に到着して、開演は17時。
ものすごく暇になることを予想して、荷物はロッカーにしまっても
文庫本は後ろのポケットに。ずっとそれを読んで過ごす。
会社の人たちはそれぞれが適当に来て適当に1人で見ることになっている。
16時半になって、場内のお客さんが増えてきたということで立たされて前の方に詰められる。
ここから先は後立ったまま待つことになる。
周りはソワソワザワザワとしている。


それとなく見渡してみると1人で来ているような男女がポツンと立っているのがそこかしこに見つかる。
「あー Radiohead らしいなあ」と思う。
孤独を肯定するような音楽というわけでは決してないし
そしてもちろん1人きり悲しみに浸りながら聞くような音楽でもない。
聞く人との1対1の関係性、その磁力に満たされた空間というものを
何よりも強く大事にするバンドだからなのだと思う。
1度でも心に触れるものがあったら、誰にとっても特別な存在になる。
聞くものをどこかへと連れて行ってくれる。
緩やかな共同体に迎え入れてくれる。
Radiohead の描く澄み切った世界に1人きり取り残されるんだけど、寂しくはない。
絶え間なく音楽が鳴っていてそこで出会う様々なものが美しく感じられる。


もう1つ印象的だった光景は
目の不自由な人用の白い杖を突いて、友人に手を引かれている若い男性の姿。
例え演奏している光景を見ることはできなくても、
彼らが今ここで演奏している音楽は耳にしたい、ということなのだろう。


開演待ちの間会場に流れていた音楽はスカ/レゲエ。
なんかのコンピレーションなんだろうな。
何の変哲もない短い曲が次々に始まっては終わっていく。
「何の変哲のなさ」加減は凄まじいばかりで、
なぜスカ/レゲエなのか深読みするのもためらわれるぐらいのもの。
前見たときはビートルズの「HELP」が1枚丸ごとかかっていて、
終わるとまた最初から始まって薄ら寒いものすら感じた。
「このそっけなさはなんだ」「でもビートルズに敬意を表してんだろうな」
「彼らにとって今、ポップミュージックってのはここなんだろうな」
などと様々考えさせられたことを思い出す。
今回のスカはどういう意図なのか?
メンバーの誰かが最近よく聞いてるってことなのだろうか。
最近取り入れてる様式であるエレクトロニカの対極にある音楽だから?


17時を少しばかり過ぎた頃、客電が落ちて Radiohead 登場。
今回は前座なし(前は「Clinic」だった)
Bブロックのほぼ最前列にいた僕は
あちこちから揺れ動く人たちがぶつかってきて聞いてるどころじゃなくなる。
なんで Radiohead がスタンディングなんだろうなあ。
席に座ってじっくりと聞きたいなあ、
飛び跳ねて汗かきながら聞くような音楽じゃないのになあと思う。


「2+2=5」で始まり、本編は「There There」で終了。
ほとんどが「Hail To The THief」の曲だったように思う。
(聞き覚えのない曲はここからか。実を言うとこのアルバムほとんど聞いてない)
途中「Fake Plastic Trees」や「Paranoyd Android」といった昔の曲も披露した。
アンコールでは「Karma Police」(会場中で大合唱。昔の曲になればなるほど一緒に歌われる)
や「Planet Telex」が出てきて、最後は「everthing in its right place」


「i might be wrong」「national anthem」もあったし、
一通りいろんな時代のをやったってことになるのか。
ただし例によって 1st からは1曲も披露されず、よって「Creep」もなし。
去年のサマーソニックではやったと聞いてるので
もしかして今回のツアーでも日本のファンのためにと期待していたのであるが・・・。
いつか生で聞きたいものだ。
正直今回「Creep」が聞けるかどうかが僕にとっての焦点だった。
ライブそのものは前回横浜アリーナで見たときのほうが衝撃と感動が深かったし
(初めてあの Radiohead が演奏している姿を目撃したのだから仕方がない)、
「Hail To The Thief」をそれほど気に入ってなくて
彼らの勢いとしてのピークはやはり「KID A」だったのではないかという僕からしてみれば、
もともと彼らのプレイヤビリティの高さはよくわかってるし
それが「Hail To The Thief」を目の前で再現させたとしてもそれほど心動かされない。


「Hail To The Thief」はもちろん優れた作品である。
昨年発売されたアルバムの中では最も良質なアルバムと言っていいだろう。
「KID A」「Amnesiac」といった音楽的冒険・突然変異を経て
更なる高みに到達したことは嫌というほどよくわかる。
ギターロックのフォーマットであんなに多様な音楽を鳴らしてなおかつ難解じゃない、
本当は難解なんだけど聞くたびごとにその都度聞こえてくるものが変わってくるせいか
難解と思わせる以前にもっと別な何かを感じさせる、そんなキャパシティーの広い作品だ。
もちろん曲そのものもいい。
だけど、このアルバムは僕にとってしてみれば
U2で言うところの「POP」や「All That You Can't Leave Behind 」みたいなもので
がむしゃらに手を伸ばしているうちに
とんでもないものを掴み取ってしまった若々しい瞬間ってのが感じられない。
U2で言うなら「Unforgettable Fire」や「Joshua Tree」がその時期にあたる)
一言で言えば成熟・円熟ってことであってそれはそれで悪いことではないんだけど、
何か1つ大事なものが僕の中で物足りなくなる。
でも U2 とは違って Radiohead は時間軸を溶かし空間的な座標を消失させることで
独自の音楽を生み出してきたバンドであるから、もう1度ぐらいは化けてみせるかもしれない。
そうなることを切に願う。
少なくとも最新のテクノロジーや音楽フォーマットを導入し、
高い演奏力で持って変てこな曲を演奏するバンドってのにはなってほしくない。


ライブの話に戻って。
そんなわけで今回のは僕の中であんまりピンと来なかった。
地味な印象を受けた。
海の底にいるような青みがかった紫色のライティングがそう感じさせるのかもしれないし、
1曲1曲の中に込められた起伏は激しいものの、
それらの曲を連ねていったときのライブとしての起伏が
平坦なように感じさせられたからなのかもしれない。
ステージ脇にスクリーンがあって、その時々のステージの模様が何台ものカメラを使って
映し出されるんだけどそれがまた細長くて小さくてBブロックにいると見えにくかった。


とはいえところどころでは「おお」と思わせる瞬間も多々あった。
ラジオかテレビの音声をサンプリングしてエフェクトをかけたものを流用する、
そんな場面が途中で出てきたんだけど
それがイラクでの2人の日本人ジャーナリストの解放を伝えるものだった。
いきなりそれが大音量で聞こえてきた瞬間、会場は異様などよめきに包まれた。


トム・ヨークがアコギ1本で歌う姿も胸に迫るものがあったし、
ジョニーのサウンドエフェクトは相変わらずさえまくっていた。
(トムと並んでスクリーンによくその姿映し出されていた)
ジョニー派の僕としてはジョニーの一挙一動が気になって目が釘付けだった。


先ほど「時間軸を溶かし空間的な座標を消失させる」って書いたんだけど
これをCDだけでなくライブでもそんなふうに感じさせるってのは
やはりすごいとしか言いようがない。
別な言い方をしたら例えば「位相変換」ということになるのだろうか。
この世ならぬどこかへと彼らは連れて行ってくれる。
あそこまで優しく手を差し伸べてくれるバンドはそうそうない。
穏やかな歌声とこれまで聞いたことのないような奇妙なリズム、
天上から降り注ぐようなメロディーと無機的なノイズ、
そういったものを伴って Radiohead は僕らにそっとその手を差し出す。

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見終わった後は会社の人たちと合流して、幕張近辺で食事して帰る。
公演直後はどこもかしこも混んでいて、入れる店を探すのに苦労した。


ロックの好きな人たちが集まるので、ずっとそういう話。
「○○は一昨年のフジで見たんだけど」「3年前のサマソニもよかったよね」
みたいなことを。楽しいひと時を過ごした。