一升瓶を空ける

月曜に部の宴会があって、場所が社内だったこともあって
(通称「2パブ」2階の社食の左側半分が夜はパブとして営業されている。
珍しい形式だということでテレビ局が取材に来たこともある)
お開き後に余ってた一升瓶を5階の自席まで運んだ。
もちろん、酔った勢いで。大盛り上がりで「ウォー!!」とか叫びながら。
8割方入った「男山」
その日はそれを飲むことはせず、普通に居酒屋に行って2次会となった。


火曜・水曜・木曜と足元に隠し続ける。
誰か飲まないか?と誘っても「今日は早く帰る」「忙しい」とか言われて
いいですよと言ってくれた数少ない人たちとも
仕事が終わるタイミングが合わなかったりで結局飲めずじまい。
このまま席に置いててもな、と金曜の夜、家に持って帰ることにする。
(この週は月曜から木曜まで毎晩外で何かしら飲んでたのに、
金曜だけは予定がないというなんとも不思議な日々だった)


会社で飲むとしたら会議室でこっそりか竹芝桟橋で地べたに何か敷いて座るか。
つまみをコンビニで適当に買ってきて。お台場の夜景を見ながら。
花見シーズンだったら外で一升瓶を囲んでても自然な行為だったのになあ。


僕は普段あんまり日本酒は飲まない。
家で買って飲むことは全くない。
家で飲むなら専らビールかサワー。たまにジン、ラム、ウイスキー
最近焼酎も買うようになったが、ワインと日本酒はないな。
なので部屋の床に栓の開いた一升瓶があるというのは初めてのことであって
なんだか微妙に違和感を感じる。存在感をそれとなく主張している。
「ふーむ」と思う。何が「ふーむ」なのかよくわからないが。


普段家で飲むことがないということはお猪口の類は部屋にないということになる。
先日、冬の寒い日に初めて自分で焼酎を買ったときはお湯割にしたので
慣れるとマグカップでもそれほど違和感がなくなったが、
日本酒でさすがにそういうことはできず。湯飲みを探す。
が、食器棚を奥の方まで探してみてもかなり大きなものしか見つからなかった。
そんなわけで僕は普段湯飲みでお茶を飲むということもしないことに思い至る。


金曜の夜にその大きな湯飲みで1杯飲んで寝る。全然減らない。
土曜の夜に5杯飲んでかなり減った。
あと2割ぐらい残っている。
「一晩で一人で一升瓶開けた」なんて剛の者の話を時々聞くが、僕には無理だなと思う。


ちなみにこういうものを作った。前にもよく作ってたが。
青森からするめが送られてきたので水で戻して、
トマト・たまねぎなどの入った野菜ディップと
燻製トマトのオリーブオイル漬けを買ってきて一緒に炒める。


僕はやっぱりビールがいい。
ドイツに旅行してひたすらビールとウインナー三昧の日々を過ごすのを夢見る。