先週末、母親から宅急便でカレーが届く。
作ったばかりのをビニール袋に1食分ずつ詰めて
さらに何重ものパッキングをしてダンボール箱に入れて発送する。
今日みたいな土曜はそれを温め直して食べている。
「いつ食べるか分からないし」と冷凍室に入れてしまったから
ジャガイモやニンジンはなんだか似て似つかぬものになって味が落ちた。
でも仕方がない。
先週末、凍らせる前に食べたときはとてもおいしかった。
誰だってそう思っているはずだが、母親の作るカレーが世の中で一番おいしい。
その家ごとに、その人ごとに、自分なりの完成したカレーというものを持っている。
思えば母の作るカレーは僕の小さな頃から同じ味だったように思う。
具も変わらない。
その時によって豚肉が薄切りのときかモモ肉となっているかの違いぐらいしかない。
ルーはゴールデンカレーの中辛とバーモントカレーの甘口を半分づつ混ぜ合わせて使う。
試しにジャワカレーにしてみたことがあったが、すぐまたいつものに戻った。
じゃあ僕がカレーを作るときにはそういうふうにするかといえばそんなことはない。
再現させようという気持ちになったことはない。
いつかまた青森に帰ったときにあのカレーが食べられるという思いが頭の片隅にあるので、
僕は僕で自分なりのカレーを作ろうとする。
全然違うものができあがる。
ちなみに僕は必ずリンゴをすりおろして入れるか、
いいリンゴが見つからなかったときやただ単にめんどくさいときはリンゴジュースを入れる。
そういうちょっとしたこだわりって誰しもが持ってますよね。カレーについては特に。
ああ、僕は可能ならばいろんな家庭の、いろんな人の、いろんなカレーを食べてみたい。
百人百様。誰のを食べてみても「へぇー」と思うはず。
※我と思わん方がいらっしゃいましたらご一報ください。
友人・知人、身の回りの人がどういうカレーを作るか、想像してみると楽しいかもしれない。
こってりしたのが好きな人、あっさりとしたのを好む人。
スパイスにこだわる人。とにかく手間暇かけて煮込む人。
理想は小学校のときに食べた給食のカレーだという人。
自分では作らず、レトルトカレーなんだけど独自の食べ方を追及している人。
そういえば外で食べるカレーならば鶏肉や牛肉となるのに、
家で作って食べるカレーのときは断然豚肉がおいしく感じられるのはなぜなのだろう?
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母親の作るカレーが一番うまいからといって、
母親の作る料理が全てうまいとは限らない。
大学進学のために上京。何気に東京でいろんなものを食べている。
そして夏や冬に帰省する。
その何回目かに気が付いてかなりショックだったのだが、
自分の母親は料理を作るのがそんなに好きではないし、作るのがそんな上手でもない。
僕はこのことを知ったとき、割と大袈裟に言えば、
世の中の見方が変わった、視界が広がったように思う。
その時僕は大人になった。というか僕の子ども時代が終わった。
高校時代までは手を変え品を変えあれこれ作っていたのが、
僕がいなくなり妹もいなくなりとなると献立がかなりシンプルなものとなり、
しかもメニューのサイクル化が極端に進んでいた。
働き出して帰省するのが年に2・3日ともなると
出てくるもの・作られるものはいつも一緒である。
帰って来た初日は牛や鰹の叩きが出てきたり、
東京では食べられないような新鮮な刺身が出てきたりして
「おー」と思って食べているのだが、
よくよく考えると僕の母親は何も作ってない。味噌汁ぐらいしか作ってない。
それでも必ずカレーだけは作ってくれて
僕は「これだよこれ!」と思って食べている。
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カレーさえうまければ僕はその人と結婚すると思う。
逆に、容姿端麗で仕事ができて周りの人の受けもよく、
いろんな部分で魅力があってあれこれポイントも高いのに
カレーだけはヘタだ、あるいはカレーなんて作る気もしない。
そんな人だったらノーサンキューだと思う。
もう1回書きます。
僕にカレーを食べさせたいという人がいましたらご連絡ください。