asleep

僕は目を覚ました。
暗闇が広がっていた。
ひんやりとした空気。軽い頭痛がした。
初めのうち、どこなのかわからなかった。
ここはどこなんだ?
起き上がろうとする。自分の体ではないような気がした。
力が入らない。深呼吸して、諦めて、そのまま横たわる。
次第に記憶が甦ってくる。
そうだ、・・・そうだ。
わずかに右手を動かして、
僕を取り囲んでいた滑らかな壁の上を這わせていく。
境い目があって、上の方がガラスになっていた。
触れたとたん、明かりがついた。
白い光・・・。
眩しい。突き刺すような。僕は目を閉じた。
そしてまた恐る恐る開けた。
包み込んでいた空気が変化したことを感じた。
もっと乾いた、古びた空気。
ガラスでできたそれは消滅していた。
僕はもう一度起き上がろうとした。
上半身がふわりと持ち上がる。
その瞬間、眩暈がして、そのまま僕は後ろへと倒れこんだ。
眠ってしまった。


僕は僕を長い間保護していた
銀色の細長いスリープケースを見下ろした。
僕のはその部屋の端にあって
横に並んだ四つはどれも壊れていた。
ガラスを割られ空になっているものもあれば、
中でミイラになっているものもあった。
白い壁、白い天井、白い床。
空調設備、いくつかのスイッチ。照明。
それ以外には何も無い。


どれだけの時間が過ぎていったのだろう?
何百年か、何千年か。もしかしたら、何万年も?
実験はうまくいったのだろうか?
うまくいったわけはないよな。
僕一人だけが何の脈絡もなく目を覚まして、
そして側には誰もいなかったのだから。
それにしても、なぜ、今、僕は目を覚ましたのだろう?
実験が失敗したのなら
そのまま僕を永遠に眠らせてくれればよかったのに。
夢のない、暗闇の底で何もかもが冷たいだけの、一瞬の眠り。
それが永遠に続く。


僕は部屋を出ようとした。
ゆっくりとドアが開いた。
廊下が薄暗い光で満たされた。
何もかもが凍り付いて、眠っていた。
真っ白な壁が続いた。
そのところどころに
プラスチックのフィルムのようなものが貼られていて、
僕の見たこともない文字で文章が綴られていた。
少なくとも僕の生きていた時代にはなかった言語のものだ。
絵文字のような、アルファベットを崩したもののような。
その中の一つは、隣に写真のコラージュが飾られていた。
僕のいた世界の様々な地域の、子供たちを写したもの。
表情のない子供もいれば、笑顔を向けている子供もいた。
僕は長い間その写真の群れを眺めていた。
心の中に焼き付けようとしていたようだ。
しかしこれらの写真だけでは
僕の眠っていた間にこの世界に何が起きたのか、
理解する手がかりにはならなかった。
僕は歩き出した。
まっすぐな廊下をどこまでも歩いていった。


僕はその通路の果てに、非常口があることを知っていた。
ドアのノブを握ると
鈍くずっしりとした手ごたえとともにそれが回転した。
その向こうには階段があった。
何の迷いもなく、僕は階段を上り始めていた。
果てしなくそれは続く。
僕の足音が跳ね返って、虚ろに響き渡った。


・・・いくつものドアを開けて、通路を横切り、階段を上った。
どれだけの時間が過ぎたのか、わからなくなった。
やがて僕は地上に出た。
まず最初に感じたのは太陽の光だった。
太陽だけは何も変わることなく、この地上を力無く照らしていた。
季節はいつだろう?
春のような、秋のような。
季節というものの偏差がゼロに近づく、そんな日のようだった。
青空。空には白い雲が浮かんでいる。
静かだった。
遠くから波の音が聞こえた。


僕が外に出ると、扉が音も無く閉まった。
振り返り、開けようとしても開かなかった。
その瞬間に全てが朽ち果ててしまったかのようだった。
ひしゃげて錆付いた、金属の残骸に成り果てた。
仕方なく僕はその場から離れた。
波の音のする方に近づいていった。


研究所の側には海があっただろうか?
・・・思い出せない。
僕は砂でできた丘を二つ越えた先に、海が広がっているのを見た。
波打ち際に立って、茫洋たる海を眺めた。
深い色をした青い波が次々に押し寄せてきて、白い泡を残していく。
光の加減によって、それは灰色に見える。


僕は砂の上に腰を下ろすと
寝そべって、その後はただ空だけを見つめた。
長い時間がかかって、少しずつ日が暮れていった。
空が黄色と、オレンジに染まっていく。
僕は目を閉じた。
眠ってしまおうとした。
次に目が覚めたときには、どこにたどり着くのだろう?
そんなことを思いながら。