「ラストデイズ」

日曜は渋谷に映画を見に行った。
シネマライズで「ラストデイズ」
シネクイントで「立喰師列伝」この2本。

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まずは「ラストデイズ」について。


ガス・ヴァン・サント監督の最新作。
ニルヴァーナでギターとボーカルだった
カート・コバーンの自殺に至るまでの最期の2日間をモチーフにしている。


メジャーデビュー後、突然の大ブレイク。
カート・コバーングランジ・ムーブメントの教祖に祭り上げられる。
興味本位のマスコミには常に追いかけられ、
自分の知らないところで巨額のビジネス商品として扱われるようになる。
名声とともに次回作へのプレッシャーが高まっていく。
それと共に「理解してくれる人はどこにもいない」という孤独感も増していく。
自分を見失っていく中で薬物中毒となり、奇行とそれが引き起こすトラブルばかりの毎日。
リハビリ施設から脱走、行方不明となった挙句、自宅にて猟銃自殺。1994年4月5日。
90年代ロックの最大の偶像にして、伝説的存在となる。
ジミ・ヘンドリックスブライアン・ジョーンズ、ジム・モリソンといった
偉大なロックの殉教者の連なりに自ら望もうと望むまいと
有無を言わさず加わってしまったわけだ。
「自殺ではない。このどうしようもない世の中の犠牲者として殺されたのだ」
イエス・キリストの生まれ変わりとして、僕らの替わりに死んだんだ」
若者たちの間で、狂信的なストーリーが共有される。


その死の直前、カート・コバーンは何を見て、何を聞いて、何を思い、何を感じたのか。
今となってはそれは誰にもわからない。
しかし、「恐らくこういうことだったのではないか」という再現をあえて行なってみるということ。
追悼なのかもしれないし、ガス・ヴァン・サントはもっと別なことを求めていたのかもしれない。
死に魅入られた人間の極限状態をありのままに描きたい、であるとか。
とりあえず、その試みは成功しているように思う。
全編に渡って架空のロックスター「ブレイク」が夢遊病のようにぶつぶつ言いながら
森の中、荒廃した屋敷の中を取り留めなく歩き回る。ただ、それだけ。
何かに出会うということはない。
ギター、チーズマカロニ、取り巻きの若者、
様々な物や人は確かにそこに存在するが、全てが素通りしていく。
既にして亡霊となり、この世には存在してないかのようだ。
その死について何の推測も行なわない。ただただ、進行する状況だけが描かれる。
ブレイクの耳にした、そこにはあるはずのない川のせせらぎや鐘の音、人々の声とともに。
見てて、「そうだな。こういうことなんだろうな」と思う。思わせる。
なぜ彼は死ななくてはならないのか?
必然性が感じられる。そこには嘘はない。
ただしそれは、死んで当然の人間が死んでしまったという、ただそれだけのことでもある。


ガス・ヴァン・サントが描きたいもの、描きたい世界観があって、
それは忠実にフィルムの中へと置き換えられた。
そういう意味では成功した作品と言えるだろう。
しかし、これがそもそも映画として面白いかどうかで言ったら、やはり今ひとつ何かが物足りない。
前作「エレファント」の延長線上にあって、そこからはみ出ることはない。
語りの構造は全く同じ。
なので見てて、全てが想像ついてしまう。
「最後に自殺するんだな」というのは歴史的事実であるし、
映画としてのゴールがそこにあるのは最初から明白だ。
しかしそこに至るまでの過程をどう描くか?
「エレファント」を見た人に、カート・コバーンの死というモチーフを与えたときに思い描く
全くそのままのものが提示されたとき、その人は安心感を得るだろうか、
それとも、得られるのは居心地の悪さだろうか。


娯楽映画ならば前作と同じ路線というのもいいだろう、
というか変ってしまったら困るだろう。
しかし芸術系の映画でそれをやられたら話は別だ。
その時点でそれは、芸術ではなくなってしまうような気がする。


つまり、「エレファント」で切り開いた地平の、
さらにその先っていうものが「ラストデイズ」にはなかった。
ストーリー的には「エレファント」のあのラストから物事が始まっていて
より深い内容を提示できていたのかもしれない。
しかし映画としての存在感は「エレファント」よりも小粒だった。それは否めない。
「エレファント」の弟的作品。
(「ジェリー」から始まる三部作だということもあって傾向を揃えてるんだろうけど)


結局これを見てもカート・コバーンの死について何がわかるわけでもないし、
何か「思い」が変わるわけでもない。僕自身は
「エレファントはこの世ならぬものすごい何かを描いていた、やっぱすごい作品だったんだな」
という感想、これに尽きる。


面白いことは面白い。
カート・コバーンの人生に興味のある人ならば特に。
いちいち「エレファント」と比較するのは間違いなのかもしれない。
見て損をすることはない。その辺の作品よりはよほど面白い。


でも、そもそも全編に渡ってダークというか陰鬱な空気が漂っていて
重苦しく逃げ場がない雰囲気。
こういうの苦手な人には馴染めないまま終わるかも。
好きな人はとことん好きになる。