この世界に残された最後の人間

こんなことを考えた。
ある日突然、この世に残された最後の人間になってしまったら・・・


僕はどうするだろう?


途方にくれる、そしてどこかに僕の他、取り残された人間がいないか探してみる。
歩いて歩いて歩き回る。自転車に乗ったりはするだろう。
僕のことだから「誰かいませんかーっ!?」と大声を出すことはなく、
無言のまま、焦ってあちこち歩き回る。さしあたり都心の方向へ。
新宿駅の地下街を、渋谷のセンター街を。
最後には高い場所ってことで、東京タワーの階段を駆け上がっていくだろう。
腹が減ると空調の止まったコンビニに入って
ぬるくなったペットボトルの水を飲んで、缶詰めを開けて食べて。
そんな日々が何日か続く。
そして毎日、夜になると僕はそれまで住んでいたアパートに戻ってくる。
それが、それまでの毎日だったから。


僕以外の人間しか「いない」ということがわかったとき、
他に何もすることがない、する必要がないということがわかったとき、
僕は僕を取り囲むこの世界の残骸を荒らし回るだろう。
手当たり次第他人の家に入り込んで、その生活の痕跡を後追いで眺める。
寝室に忍び込んでクローゼットを開ける。
最初はコソコソとしていたのが、
何日かしたら慣れきって当然のように振舞えるようになる。
どんなものを食べていたのか?
夫婦の生の営みはどうだったのか?
女子高生や女子大生の部屋を見つけると喜ぶ。
大金持ちの家の広くて小奇麗の寝室で眠ってみる。
それも何日かしたら、飽きるんだろうな。
どれだけのドアを開けたところで何も変わらない。
同じ何かがどこまでも果てしなく続く、続いてるってことに気付く。
そしてそれはあくまでも「痕跡」「過去の遺物」でしかない。
ある日突然嫌になって、放り投げる。


放り投げる、目を背けるだけでは済まない。済まされない。
それは、そいつらは、その全てが、
この僕を、たった一人取り残された僕を取り囲んでいる。
地平線の果てに至るまで。
物言わぬ残骸が押し寄せてくる。
そのイメージが僕にまとわりついて離れなくなる。
振り払おうとしても振り払うことはできない。
どこまで行っても何日かけて走っても、
この僕を追いかけるかのようにそれは続いている。
精神的に追い詰められて、疲弊していく。
ようやくにして、僕を取り囲む「現実」というものを理解する。


たどり着いた山奥で僕は山小屋を見つけて、そこで生活を送るのだろう。
何事もなかったかのように。
ただの人間嫌いのように。
小さな畑を作って、作物を収穫して食べる。
火をおこして風呂を沸かして入る。星空を眺めながら。
合間合間に本を読む。腐るほどこの世界には残されている。
世界文学全集を読みつくす。何度も何度も読み返す。
そして僕は年を取っていく。


年老いた僕はある日、死ぬ。
たった一人で。誰にも知られることなく。


そしてこの世界は終わりを迎える。


僕は僕の住んでいた「世界」に戻っていく。


(物語のバリエーション:
 そこには僕のことを知っていた大勢の人たちがいて、
 ある日突然消えてしまった僕を最初の頃は探していた。
 いつの日か諦めて、それでも日常生活は続いていった・・・)