終焉

ある朝目覚めると、地上は天使の死骸で覆い尽くされていた。
家々の庭。屋上。道路。川の流れの中。海辺、砂浜。
高山地帯だろうと、砂漠だろうと。
この星のあらゆる場所が無数の天使たちで埋め尽くされた。
その多くがまともな姿をしていなかった。
羽を折られ、手足を奪われ、撃たれ、体を焼かれ・・・


その光景を見て人々は初めて、
この世には天国があるのだということを知った。
そしてそれと同時に、
なんらかの理由でその天国は永久に失われたのだということも。
殺戮の果てに天国を支えるものがなくなって、全てが地上に投げ出された。
この空のどこかに、大きな穴が開いた。


人々は天使たちの死骸を集めて、焼いた。
黒い煙が白い煙と混ざり合って、高く高く立ち昇った。
天使たちが灰になって空に帰っていく。
この世界のあちこちで、何日も何ヶ月もかけて、死骸を焼く作業が続いた。
人間の住んでいない地域では天使たちはそのままに捨て置かれた。
死骸は野生の獣や鳥たち、虫たちに食われるか、
腐敗するか、凍りつくか、深い深い海の底で少しずつ分解されていった。


人々は天使たちの降りてきた日のことをなんらかの記念日として定め、
後世の人々に語り継ぐことにした。
1年後のその日、2年後のその日と何事もなく過ぎていった。
いつの日かこの記憶もまた風化していく。
天使たちの死骸の名残もありふれたものとして目の前に映るようになる。


人々は、死後どこに向かうのかわからないまま、死んでいく。
それまでは天国というものがあったのかもしれないが、
あるときから先はそこに何もないわけだ。
死せる魂は大空を漂っているのかもしれないし、無へと帰っていくのかもしれない。


砂漠に散らばった天使たちは省みられることのないまま干からびて、
時折吹く風に煽られて少しずつ砂に戻っていった。
とある地方では天使の骸が十字架の上に掲げられ、信仰の対象となった。
祭りの日には火が焚かれ、人々がその周りに集まって歌い踊った。


地獄もまた終焉を迎えたのならば、悪魔たちの死骸はどこに眠っているのだろう?
それとも天使たちとの争いに勝利してこのような結果となったのだろうか?
ならば人々の行く末は地獄しかなくなった。
永遠の煉獄以外、そこには何もなくなった。
そんなふうに考えた人たちもいた。


私はその日の朝、天使たちの死骸を袋に詰めて、町外れの広場へと運んでいった。
袋の中の天使たちはずっしりと重くて、
その大きさからして赤ん坊の死体を運んでるかのようで、薄気味悪かった。
何も考えないようにした。
住んでいた家から広場まで何回か往復した。
行き交う人々は立ち止まってあれこれと今回の一件について話していたけれども
私は知ってる人々が歩いていたとしても顔を伏せて、
ただただ無言で天使たちの死骸を運んだ。
広場の中心は大きな火柱が立ち、そこに天使たちが次々と投げ込まれた。
思わず目を背けたくなった。
袋を積み上げた山の上に僕の分を積み重ねると、すぐに背を向けて立ち去った。
袋に詰め込まれずに、剥き出しのまま折り重なった死骸も多かった。


一週間もすると私の住んでいた町では
天使たちの姿を目にすることは一切なくなった。
何事もなかったかのようだった。
私たちの生活はそれまでの場所に戻っていった。
天使たちを焼いた広場も全ての痕跡がきれいに取り除かれた。
しかし私はそれから先、あの広場にはよほどのことがない限り足を踏み入れなかった。
あの日の煙が、二度と消えない傷跡のように空気中に浮かんでいるような気がした。


死期の近付いた今、私はあの日のことを思い出す。
いくつかの光景を、あのときの袋の感触を、鮮明に思い出す。
一人きりの部屋に横たわって
私を迎えに来ることのない天使たちの姿を、
その微笑を、柔らかな匂いを、私は思い描く。
私は目を閉じる。
暗闇が広がる。
何の物音も聞こえてこない。絶対的な静けさ。
私はあの日の天使となって、誰かの腕の中で運ばれていく夢を見る。