「映画暦 1986」

「宝物ってありますか?」と聞かれたら子供の頃から答えは一緒。
たった1つ、「これ!」というものがある。
それは何かと言うと、フィルムアート社がもう20年以上も前に出した
「映画暦 1986」という分厚い本。
その名の通り日めくりカレンダーとなっていて、
日付と、その日映画界にまつわる誰それが生まれた/死んだという記述と、
古今東西の名作映画の1シーンを切り取った写真。
そして、その映画のセリフや、その映画から想起される寸言が時として伴う。


例えば、元日から順に。


1月1日(水)
 (ダゲレオタイプに群がる人々)


1月2日(木)
 大魔神怒る ――[監]三隅研次 …大映1966 
 世界の原初に隠されし事。


1月3日(金)
 Way Down To East 東への道 ――[監]デイヴィッド・ウォーク・グリフィス …アメリカ1920


1月4日(土)
 Strangers on a train 見知らぬ乗客 ――[監]アルフレッド・ヒッチコック …アメリカ1951
 男から男へ、ライターを贈るには勇気がいる。


1月5日(日)
 宮本武蔵 般若坂の決斗 ――[監]内田吐夢 …東映京都1962 …中村錦之助
「孤剣!……たのむはただこの一腰……そうだ、剣の天下……これに生きよう、……青春二十一、遅くはない!」


1月6日(月)
 背広の忍者 ――[監]弓削太郎 …大映1963 …田宮二郎


1月7日(火)
 Sunrise サンライズ ――[監]フレデリック・ウィルヘルム・ムルナウ …アメリカ1927 …ジョージ・オブライエン
 この日、榎本健一死す(1904→1970)


1月8日(水)
 師弟出馬 ヤング・マスター ――[監]ジャッキー・チェン …香港1980
 ≪我依然要奮闘!≫
 この日、ズビグニエフ・チブルスキー死す(1927→1967)


1月9日(木)
 My Darling Clementine 荒野の決闘 ――[監]ジョン・フォード …アメリカ1946
 ≪ヘンリー・フォンダが香水をつけて、ヌーッと立っている ――あれだな、ジョン・フォードがエライのは≫小津安二郎


ざっとこんな感じ。
写真をここに掲載できないのが残念でならない。
暦の1枚1枚に大きく写真がプリントされていて、その切り取り方が非常にうまいのである。
その映画の持つ躍動感や凄みとか儚くて脆い美しさが如実に現われている。


僕はこの「暦」で映画とはどういうものなのかを、知った。
「映画を知った」ではない。その作品そのものを見たのではないから。
それでもまだ幼かった僕は「映画」という、
遠くにあって真っ暗な闇の中に浮かび上がる光と影の群れに魅せられた。
そこには声があって音楽が聞こえてきて、だけど夢の中のように何もかもが静かだ。
そして素晴らしい映像の瞬間が永遠の命をフィルムに焼き付けられている。
(紙の上の写真として眺めているから、そういうイメージとなったのだろう)
僕の中で一生消えることのない映画に対する「憧れ」が生まれた。


この本が僕を形作ったと言ってもいいかもしれない。
今の僕になんらかのセンスがあるならば、その原点はここにある。
自分でもはっきりとそう思う。価値観だってそうだ。
僕は死ぬまでこの本を手放さない。
身一つで生きていくことになって、
何か1つのものだけを手元に置くことを許されるのならば迷わず、この本だ。


僕は時々思い出しては本棚から取り出し、あちこちを断片的に眺めてみる。
ツンと透き通った、そして色褪せた、紙の匂いがする。
子供のときの憧れだけではなく、
驚きや得体の知れない恐怖、その他鮮烈な印象の数々が瞬時にして甦る。
記憶というよりもそれは手触りのようなものに近い。


あなたには、そういうものがありますか?

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僕は東京に出てきてから、この本を何よりのガイドブック、指針として映画を見ていった。
世の中にはいろんなガイドブックがあるもんだけど、
基本的にこの暦に出てくる映画がつまらなかったことはない。


他にはどういう映画が取り上げられているか?
参考のために僕が見たものという観点でリストアップします。
かなり偏ってます。すみません。
全部挙げればいいんだけどね・・・


 1月11日「リオ・ブラボー
 1月16日「パリ、テキサス
 1月17日「ローマの休日
 1月22日「ラストタンゴ・イン・パリ
 1月28日「素晴らしき放浪者
 2月 3日「エイリアン」
 2月 4日「E.T.
 2月 6日「市民ケーン
 2月 9日「さすらいの二人
 2月10日「赤い砂漠」
 2月15日『生きる』
 2月24日「悪魔のいけにえ
 2月25日「イージー・ライダー
 3月 1日「戦艦ポチョムキン
 3月 3日「ダーティーハリー4」
 3月12日『天使の恍惚』
 3月21日「2001年宇宙の旅
 3月23日「吸血鬼」       
  ※カール・テホ・ドライヤーの方。4月21日、8月17日と3回登場する
 3月28日「アメリカン・グラフィティ
 4月 2日「リトアニアへの旅の追憶」
 4月10日「明日に向かって撃て!」
 4月11日「バニシング・ポイント
 4月17日「勝手にしやがれ」      ※11月9日にも登場
 4月19日「中国女」
 4月20日「カルメンという名の女」
 4月28日「エル・スール」
 5月 4日「バルタザールどこへ行く
 5月 8日『東京物語』         ※9月18日にも登場
 5月 9日「めまい」
 5月16日「ジョナスは西暦2000年に20歳になる」
 5月17日「灰とダイヤモンド
 5月19日「死刑台のエレベーター
 5月26日「歌え!ロレッタ愛のために」
 5月27日「フェリーニのアマルコルド」 ※12月3日にも登場
 6月 6日「遊星よりの物体X」
 6月 8日「ブレード・ランナー」    ※9月26日にも登場
 6月 9日「ワイルドバンチ
 6月19日「M★A★S★H」
 7月 3日「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲
 7月 7日「未知との遭遇
 7月 9日「ウエスト・サイド物語
 8月 5日「地獄の黙示録
 8月23日「去年マリエンバードで」
 8月24日「ビッグ・ウエンズデー」
 8月25日『太陽を盗んだ男
 9月10日「ニューヨーク1997
 9月16日「都会のアリス
 9月25日「ラスト・ショー
 9月30日「アンナ・マグダレーナ・バッハの記録」
10月 3日「気狂いピエロ
10月21日「大人は判ってくれない」
10月23日「アレクサンダー大王
11月 2日「ひなぎく
11月 8日『七人の侍
11月14日「小人の饗宴」
11月21日「惑星ソラリス
11月24日「ノスタルジア
11月28日「フレンチ・カンカン
12月 8日「1941」
12月15日「メトロポリス
12月18日「略奪された七人の花嫁」
12月22日「旅芸人の記録


タイ、セネガル、ブラジルの映画もあり。
僕は見てないけど、他の監督としては
ルイス・ブニュエルジャン・ヴィゴジャック・リヴェットなどなど多数。


いやー、眺めてみるとものすごく偏ってる。
暦では日本映画と海外の映画が同じぐらいの割合で取り上げられてるんだけど、
僕はほんと日本映画って全然見てないね。
実際は50年台・60年代の東映や松竹、日活の映画
70年代の日活ロマンポルノがたくさん入ってるのに、一切見てない・・・


リストからも分かるとおり
僕は割りと有名な、世間一般的に「名作」とされるものばかり見てるけど
この暦の中でしか聞いたことのない作品もまた多い。


暦の中にはあるのに僕のリストに入ってことのない作品の中にこそ、
「映画」のなんたるかが宿っているように僕は思う。
憧れが憧れのままであり続けている。
映画100年の歴史の中で僕が目にすることのできたのは
ほんの一握りなのだということ。
映画は懐が広すぎる。