断章、2つ

昨日の午後。編集学校の課題を終えて、
キャリーカートに段ボールを括り付けてゴロゴロと転がしていく。
駅の反対側のトランクルームへと運ぶ。
駅前のロータリーに差し掛かる。
警察官が50歳ぐらいのがたいのいいおっさんを取り押さえている。
右腕を背中の後ろにきつくひねって、動けないようにする。
なんだろう?と思う。
その場には何人かの人がいて、立ち止まって取り囲んでいた。
なんかの講習で、警察官が実地教授しているのだろうか?
見ると、脇の方で女性が声を上げて泣いている。
隣に立っていた友人に抱きかかえられながら。


ひったくり?
その場に居合わせた男性が駅前の交番まで駆けていって、両手を振って、大声で応援を頼む。
目の前で起こっている出来事について私は何も関わりたくないし関係がない、
とでも言いたげにおばさんがまばらな輪の中をツトツトと通り過ぎる。
直前まで事情が掴めていなかった僕もまた、立ち止まることができず、
警官と現行犯の男性、泣いている女性の間を横切ることになる。
なんだかバツの悪い思いをする。
ロータリー脇の中華料理屋の前に人垣ができている。
白い布で髪を覆ったおばさんが神妙な面持ちで指差す。
若い女性の方が、ほら・・・」


ランクルームに運び終えて、またロータリーに戻ってくる。
人垣は消えてなくなっていた。
警官も女性もいない。誰もいない。
今、向こうから歩いてくる人は数分前に何が起きたのか全く知らないだろう。
取り押さえられた空間に再度近づいてその中を歩くとき、
僕は居心地の悪い思いをする。

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住んでるアパートの近くにとある宗教団体の集会所がある。
僕が引っ越してくる前からあったから、もうかれこれ10年以上ここで活動しているわけだ。
何年も使用されていない時期があった。というか、去年まで7・8年ぐらい。
なんで使わない場所をずっと借りっぱなしにしているのだろう?とずっと思ってきた。
それが今年になってまた利用されるようになった。
窓という窓に集会の案内と、団体の発行する書籍の広告。
毎週末、何かしらのイベントが行われている。
有機野菜の販売、バザー。ビデオの上映。


もちろん、この近くに住んでいる人たちがふらりと訪れてくる、ということはない。たぶん。
教団の人たちが何人か部屋の中で何かを並べ直したり、お茶を飲んでいるだけ。
一人きりでポツンとしていることもある。
なぜか、おばさんたちばかり。


おばさんたちの誰かの子供なのだろう、
小学生ぐらいの子が、ノートに何かを書いたり折り紙をしているのを時々見かける。
傍目から見る限り、そこでは穏やかな時間が流れている。
だけど、何かが、ひどく痛々しい。
それは僕が、そう思ってるだけ。
女の子は幸福そうだ。
女の子やその家族が皆幸福ならば、部外者の僕が何も言うことはない。
僕は目を伏せて通り過ぎればいい。
なのにいつも、素知らぬふりをしてチラと覗き込んでしまう。


またしばらくしたらこの集会所は使われなくなって、誰もいなくなるのだと思う。
ひっそりとした部屋の奥に、祭壇だけが残される。