スペイン一人旅 その9(7/25:ピカソの目、ホッパーの孤独)

okmrtyhk2009-08-08


次はティッセン・ボルネミッサ美術館へ。
プラド美術館の斜め向かいにある。
通りに面した部分はとても小さくて、
「なんだこんなもんか」と思いつつ入り口を探したら実はかなり大きな建物で。
左上に位置する大きな部分(旧館)と右下に位置する割と小ぶりな部分(新館)とが
通路でつながっているという構造。僕は最初、この右下(新館)だけを眺めていた。
で、まあ何にせよこの美術館もまた結果として大きくて、駆け足で鑑賞ということになる。


地上階、1階、2階の3階建てで、ざっくり、
地上階が現代アート、1階が17世紀〜20世紀前半、2階が中世〜18世紀となる。


成り立ちとしては、ドイツ出身のハインリッヒ・ティッセン・ボルネミッサ男爵と
その息子ハンス・ティッセン・ボルネミッサ男爵のプライヴェート・コレクション。
Wikipediaを見たら、個人コレクションとしてはエリザベス女王に次いで2位との記述あり)
息子の方が晩年、ミス・スペインにして女優だったカルメン・セルベラと結婚したことをきっかけに
親子二代に渡るコレクションをスペイン政府に譲渡することになったようだ。
ビリャエルモサ宮殿を改装する形でオープンしたのは1992年と最近で、
このときは作品を貸与する形だったのが
美術館としての評判の高さから1年後には展示されていた作品を全てスペイン政府に売却、今に至る。
カルメン・セルベラもまたコレクターとなり、新館の1階と2階が
カルメン・ティッセン・ボルネミッサ・コレクション」となる。
親ハインリッヒの方が古典絵画を買い集め、子ハンスが近・現代の作品を、と興味が分かれていることから、
恐らく旧館の2階が父、1階と地上階が子、ということになるのではないか。
大事なことは、プラド美術館がスペイン国王を中心として国家としてスペインの絵画を集めたのに対し、
ティッセンの方はあくまで個人コレクションなので、しかも元々スペイン人でもないし、
スペイン絵画に対する拘りは特にないんですね。対象が幅広い。
ちなみに、古典絵画のコレクションの一部はバルセロナカタルーニャ美術館にて出張展示されている。


□公式サイト
http://www.museothyssen.org/thyssen/home


余談だけど、日本に帰ってきて正に成田から荻窪まで戻ってきたそのときに
本屋で「週間 世界の美術館」というのの最新号(No.52)が
プラド美術館?とティッセン美術館」だった。買ってみる。
ティッセン美術館の見所として挙げられていたのは:
カラヴァッジオアレクサンドリアの聖女カタリナ」
エル・グレコ「受胎告知」
・ムリーリョ「聖母子と聖女ロザリナ」
・スルバラン「聖女カシルダ」
・ギルランダイオ「ジョバンナ・トルナブオーニの肖像」
・ホルバイン「英国王ヘンリー8世の肖像」
ロートレック「白いブラウスを着た赤毛の女」
・クリストゥス「枯れ木の聖母」
・カルパッチオ「風景の中の若い騎士」
ピカソ「鏡を持つアルルカン
ドガ「緑の服の踊り子」


こういう見所を事前に知ってたらねえ・・・
この中で記憶にあるのは、ドガロートレックエル・グレコぐらい。
ピカソのすら「これ、あったっけ?」というテイタラク
エル・グレコは直前のプラド美術館で開眼したので注意深かった。
ロートレック肖像画は髪が短くて女性なのか男性なのかはっきりしないが、
聡明で美しいと思われる人物が俯いて表情が分からないところに独特の憂いを感じた。


新館の地上階は企画展用のスペースで、
僕が見に行ったときには「Matisse 1917-1941」というのが開催されていた。
50歳を過ぎて円熟期のマティスを集めたもの。
これ、かなり人が入っていて入場制限がかかっていた。
15分おきに入場時間が決められていて、僕も1時間後ぐらいで指定された。
先に1階のコレクションをざっと眺めてからマティスを見て、
その後またコレクションに戻って2階と地階、と慌しかった。
マティスは、まあマティスですね。
柔らかいけど奔放な色彩。光も影(陰)も正邪もない。
ものすごく正確で気持ち的にまっすぐな色彩と形がそこにあるというだけ。
意図的なわざとらしい意味というものが皆無。
でも、これ、それ以前の人たちにも以後の人たちにもできなかった。
マティスがなくなったとき、ピカソ
「自分の作品を理解できる唯一の人物が亡くなった」と嘆き悲しんだという。
有名な「ダンス」のスケッチがあった。
(「ダンス I」はMoMAに、「ダンス II」はエルミタージュにある)
見終わってポストカードのセットを買う。5ユーロ。


1階は駆け足で、モロー、ルノアール、モネ、ゴッホ、ボナール、ゴーギャンセザンヌ・・・
ムンクロートレック、シーレ、レジェ、ゴンチャロバ、ブラック、オキーフ・・・
有名どころを一通り押さえている。知らない人のはもっと多かった。
あんまりよく分かってない分野では19世紀のアメリカというのがあった。
地味で雄大な風景画ばかりで、ピンと来ない。
画家の出身地を見るとニューヨークが多くて、何かがどっか個人的に違和感あり。
昔はニューヨークも田舎だったというか、この頃はニューヨーク=意味深な現代アートではなかった。
個人コレクションだけあって、選ばれた・購入された作品のテイストがどことなく一貫してて、
かつ、どの作家であれ代表作は全世界の名高い美術館の所蔵となっているため、
ここにあるのはどれも著名な作家の裏バージョンを集めたかのよう。
こんな作品あったっけ?というようなのばかり。
パラレルワールドの美術館だという印象を受ける。
よかったのは上述のドガの「緑の服の踊り子」とロートレックの「白いブラウスを着た赤毛の女」
そしてゴッホの「Los descargadores en Ares」(日本語タイトル不明)
ゴーギャンタヒチを描いたもの。


ピカソの、タイトルは忘れたけど1904年の作品を見て、
ピカソって描きたかったのは「目」そして「影/陰」なんだな、と思った。
それまでの絵画では目的物としての「目」だった。
そうじゃなくて、視線としての目、行為の主体としての目。
描かれたそれがどういう作用をもたらすかという力学。
目はピカソのシンボルと言っていい。
だから、キュビズムの時代を経て摩訶不思議なフォルムの絵を描いていたときも、
いろんなものが削ぎ落とされて、目だけは必ず残っているじゃないですか。
とにもかくにも、その後僕はソフィア王妃芸術センターやピカソ美術館で
ピカソの作品を鑑賞するときはその目がどこを向いているかに注目することになる。


でも、1階で僕にとっての最大の事件は
エドワード・ホッパーの有名な「ホテルの部屋」を見つけたときなんですね。
(Karin Krog の「New York Moments」のジャケットに使われている。
 http://www.amazon.co.jp/dp/B000099UC2 )
ここにあったのか!?
ちょうど絵の前に椅子が置いてあったので、座り込んでこれだけはひたすら時間をかけて眺めた。
ホテルの一室。脱ぎ捨てて床に転がった靴、無造作にソファーにかかった服。スーツケース。
もう若くはない女性が、下着だけになってベッドに腰掛けて何かを読んでいる。
本ではない。折り畳まれた、紙。手紙なのだろうか。
例によって吸い込まれるような、冷徹な孤独が描かれてるんですよ。
絵の中の上部1/3のスペースには部屋の壁を表す線しか描かれていなくて、
この空白、余白がゾクゾクするんですね。
ホッパーはもう1枚あった。海の中の砂州にかもめがとまっていて、その横に船。初めて見た。


2階は中世の、イコンのようなキリストに始まり、レンブラントの自画像など。
正直ほとんど記憶に残っていない。
Artemisia Gentileschi という画家の「Judit y Holofernes」という絵が
なぜか特別にフィーチャーされていて、人が集まっていた。なんだったんだろ。


地上階。キュビズム、ロシア・アバンギャルドを経て、現代へ。
モンドリアンの赤や黄色の線。
(よく見ると線は歪んでるし、背景の白は何かをかき消して黒く汚れてるんですね)
ジョセフ・コーネルの箱
シャガール、ダリ、デルヴォーマグリット、マックス、ポロック
マーク・ロスコフランシス・ベーコンアンドリュー・ワイエスもあった。
そしてリキテンシュタインに至る。
その他印象に残ったのは(どれもつい最近の絵画のはず):
・David Hockneyの諸作
・Michael Andrews「Daylesford」
・Robert Rauschenberg「Express, 1963」


ミュージアム・ショップで買ったのは:
・英語のガイド 6ユーロ
エドワード・ホッパーの「ホテルの部屋」の額 6ユーロ
・絵葉書それぞれ 1ユーロ
 *エドワード・ホッパーの「ホテルの部屋」
 *ゴッホ「Los descargadores en Ares」
 *Robert Rauschenberg 「Express, 1963」


外に出る。日差しが眩しい。
かなり暑い。38℃とあった。