anonymous ということ

僕の場合、iPhone には普通アルバム単位で入れて、アルバム単位で聞く。
シャッフルして聞くことは一切ない。
しかし、アルバムまるごと入れるまでもなくて
このバンドはこの1曲でいいということも往々にしてあって、
あるいは洋楽ヒット曲系のオムニバスから選んで持ってきたりで、
1曲しか入れていないアーティストもまたたくさんある。
そういうのを年代別に集めたプレイリストを作って時々聞いてる。
80年代系のヒット曲がたいがいそうだ。
TOTO「Africa」であるとか、A-Ha「Take On Me」だとか。


そんな中、最近会社から疲れて帰ってきたときなんかによく聞くのは
メッセンジャーズというグループの71年のヒット曲「気になる女の子」
(「That's the way a woman is」)
前にも書いたことあるけど、数年前にCMで使われたようだ。
ギターがジョリッと鳴ったイントロの直後、
中学生が夢に見るアメリカのミニスカートな女子大生のような
半ばキュートで半ばエロっちい女性コーラスが
「アァアーン アァン アンアァアン、アンアァアン、アンアァアン」と歌って
そこに男性ヴォーカルが同じコーラスを重ね合わせる。
何の悩みもなく、何の葛藤もなく、
何の変哲もないビートと歌詞とギターのフレーズで駆け抜ける3分間の魔法。


(当時発売されたジャケットの裏の解説を見つける。
 http://rocks.studio-web.net/45/messengers-womanis.html
 B面は「あの娘のレター」なんですね。驚き。
 後に Big Star を結成するアレックス・チルトンが10代の頃に在籍していた
 The Box Tops のヒット曲)


「こういう曲が最もラディカルだ」という印象は
3年前にブログに書いたときと変わっていない。
ヒットチャートを駆け上がるためだけに書かれて演奏されたポップミュージック。
そして一発屋に終わる。今となっては詳しい情報は何も伝わってこない。
断ち切られて、曲だけが残っている。
匿名というか、無名。無縁。
メッセンジャーズ」という名前は
実態を伴わない記号として残骸のように流通される。
そこにザラッとした空漠を感じてしまう。
思想や哲学を持ったミュージシャンが「反抗」を歌うよりもよっぽど
ラディカルというかアナーキーだ。


そしてもう1つ。
「アァアーン アァン アンアァアン、アンアァアン、アンアァアン」
歌詞としてのメッセージは一切なく、
ただ声を出しただけのフレーズを繰り返すということ。
うまくは言えないが、そこに何らかの秘密があるように思う。
破滅的な、その裏返しで快楽的な、何かがある。
ポップミュージックをポップミュージック足らしめる秘密。
でなきゃ、誰もこんな一見「無意味」なことを歌ったりしない。


よくできた、人口に膾炙したポップソングには
本質的にアナーキーなところがある。
特にマスメディアの広告宣伝の力を借りずに広まって、記憶に残って、
草の根的に人々の間で歌い継がれるような歌。


この消費社会においてメディアによって力づくでヒットさせられた曲であっても
本質的には同じだと思う。
しかし、売れれば売れるだけ大きくなる虚無がその背後に控えている
という違いがある。
草の根的に広まった前者の歌の場合には、
虚無ではなく希望とでも呼ぶべきものがその核心にある。
(そしてもちろん、繰り返しになるが、前者は無名で、
 後者はアイコン? シンボル? としての有名な歌い手を必要とする)


日常生活の膠着した価値観を突き破って、
例えわずかな瞬間であれ物事を裏返しにする力。
かつて、祭りの場に現われたもの。
それが一遍の歌になる。
日常生活と地続きではもてはやされない。
それはやはり3分間の魔法でなければならない。


結局のところ、カラオケに行くというのも、
携帯の着信音を着メロに変えるというのもそういうことなのだ。
「変わること」のきっかけを求めている。