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いいですか? パラレルワールドのことを話しています。
あなたには何の関係もないことかもしれません。
いいですか?


先月、海の向こうの国で戦争が始まりました。
その国は昔、ひとつの国でした。たった何十年前のことです。
そのときにも戦争がありました。
そしてまた起こったのです。
国境沿いの小さな島が襲撃されました。
どちらが始めたのかについては、双方の言い分がありますが、
今となってはどうでもいいことです。
戦火は本土に移って、国境を挟んで両方の国に広がりました。
今も続いています。徴兵制の兵士たちが戦っています。
この瞬間もある民家に火がつけられ、ある民家は吹き飛ばされました。
たくさんの人が死にました。
アの国は介入しようとしません。ただ、勧告だけがなされます。
いろんな国が集まって協議します。しかし何も決まりません。
世界中の国々が疲弊しきっているのです。
他のいくつかの地域で、同じような紛争が起こっているのです。
地球の資源にも限りがあるというのに、
…いえ、これ以上話す必要はないですね。


南側の国には1度行ったことがあります。
以前の恋人と。飛行機に乗って首都のはずれの空港へ。
夜。旅行会社の手配するバスに乗って、1時間ぐらいかかったでしょうか。
その町並みを見ました。貧しい地域と裕福な地域とが交互に現れました。
次の日から観光地を回りました。
オプションのツアーで国境沿いにも行ってみました。
静かな人気のない場所でした。
サングラスをした屈強な兵士たちが無言で、人形のように立っていました。
話しかけても、一緒に写真を撮っても、微動だにしないんです。


そんなことを思い出しながら今の恋人とベッドの中にいました。
上になったり、下になったり。そして先ほど終わりました。
しばらく無言で横たわったあとで起き上がり、
あの人は戦争の光景を映し出しているテレビを消しました。
そしてシャワーを浴びに行きました。
取り残されて天井を眺めました。
こんなときには世界の終わりについて考えません。


恋人が今この瞬間何を考えているのか、分からない。
普段何を考えているのかも分からない。
知りたいと思う。いや、知りたくない。
知ったところで今更何がどうなるというわけでもないんです。
始まりもなければ、終わりもない。


かつてThe Doorsというグループがいて、「The End」という曲を演奏しました。
その歌詞の中でジム・モリソンは青いバスを待ちました。
どこに連れて行ってくれるのでしょうか? いつ来るのでしょうか?
待ち続けるうちにジム・モリソンは父を殺し、母を犯します。
そして曲は終わってしまいます。


今ここで恋人をナイフで刺し殺して現行犯で捕まったら
裁判が行なわれるのでしょうか?
そのとき、なんて言えばいいのでしょう?
理由を聞かれてどう答えるべきか。
理由がないのに、どうして殺すことを想像できるのでしょう?
潜在意識? フロイトですか?


…ええ、この世界にもフロイトマルクスはいます。
その影響があって、今日の社会が築かれました。
資本と労働と階級。性と無意識と抑圧。
これだけで全ての説明がつくことになっています。
様々な言葉でたくさんの論文が書かれました。
なのにまだこの世界は記述され尽くしていないのです。
書けば書くほどこの世界は大きくなっていくのです。
言葉で語り尽くせなくなっていくのです。
なのになんでみな、書いたり語ったりし続けるのでしょうか?


恋人がシャワーを浴びる音。
なぜかいつも永遠のように感じられる。
これまでに目にした男女両方の性器を思い出してみる。
低い音にしてテレビをつける。リモコンを探す。
映画をやっている。見たことがある。西部劇だ。
インディアンは出てこない。ならず者と保安官の話。
そうだ。クリント・イーストウッド


空腹。この部屋に食べるものは何かないだろうか。
裸のまま、歩き回る。冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫って何でいつも細かく振動したがるのだろう。
低いモーターの音。おかしな音がする。
壊れかかっているのだろうか。
ミネラルウィーターのキャップを開けて飲み干す。
待っていれば恋人が何かを作ってくれるかもしれない。
外に食べに行くのかもしれない。
裸でいると猫や犬のような気持ちになる。
聞こえないようにニャーニャー呟いてみる。
服を着て、カーテンを開ける。
音はしないが雨が降っている。


もうすぐ、この恋人とも終わるだろう。
そして戦争はこの国にも広がっているだろう。
その頃には世界中に広がっているだろう。
テレビには荒野。男は馬に乗ってさすらう。


何も言わず部屋を出て行って、そして帰らない。