東京

会社を出た。既に日は暮れていた。
しばらく、歩きたくなった。
地下鉄に乗ったら、いつも通りの日々を繰り返すことになる。
交差点を渡る。ランニングをしている集団とすれ違う。
音楽は聴かない。今は何も考えたくはない。


皇居の周りに出る。お堀。取り囲む木々がシンと静まり返っている。
大手町へ。商社や官公庁のビルが立ち並ぶ。
出てきた人たちの群れの中に混ざる。
消防庁の建物の一階に、ヘリコプターが展示されていることを知っている。
閉じ込められて、見世物になって、二度とそれは飛び立つことがない。


永代通りで曲がる。巨大なビルが工事中で屋上にクレーンが静止している。
大きいのと小さいのと二台。ちらっと見上げて、またすぐ視線を落とした。
背中を丸めて歩く。ポケットに両手を突っ込んで。
前はここにホテルが建っていたんだったか。思い出せない。
交差点に差し掛かる。信号が赤になっていて、立ち止まる。


目の前に黄色いバスが停まっていた。「福島交通」と書かれていた。
中は蛍光灯が灯って明るい。見ると制服を着た女子高生ばかりだった。
東京駅へと向かうのだろう。
修学旅行。最終日。新幹線に乗って帰る。
疲れているのか、皆ぼんやりとしていた。空ろに、窓の外を眺めていた。


「東京」がそこに広がっている。
彼女たちにとって、それはどんなふうに感じられただろう。
この数日で何を見たのか。何が楽しかったのか。
また来たいと思った子はどれだけいるだろう。
高校を出たらすぐに。進学か就職で。19歳。そして大人になる。


なんとはなしに見つめていたら、女の子の一人と目が合った。
結局のところそれは一瞬だった。
バスは動き出し、のろのろと交差点を曲がっていった。
だけど僕にとってはその子との間に
かなりの時間が経過したように思えた。


どの子も同じに見えた。茶色く染めたりすることのない、黒い髪。紺の制服。
何の表情も浮かんでいなかった。
こちらには気付いていないかもしれなかった。たぶん、そうだろう。
僕が一方的に見つめていた。
ただ、それだけ。


信号が青になって、横断歩道を渡った。
また別の工事現場を通り過ぎて、駅の階段を下りる。
丸の内の高そうな店に、ビジネスマンのカップルが談笑しながら消えていく。
あの子はこれから先、どんな人生を送るのか。
僕は果てしなく広がる地下街を、当てもなく歩き続けた。