『ソーシャル・ネットワーク』

日曜の午後、『ソーシャル・ネットワーク』を観た。
先週の興行収入が1位だったという。
新宿のバルト9で観たら満席。次の回も。その次の回も。
ささやかな社会現象になりつつある。
でも、なぜ? デヴィッド・フィンチャー監督の最新作だから?
ゴールデングローブ賞を獲得したから?
日本でも流行りつつあるアメリカの SNS がテーマだから?
どれも一助にはなってもメインではないように思う。
いったい何が起こっているのか。不思議だ。


この映画を観るために金曜はFacebookに会員登録してみて、
土曜は『ゾディアック』を借りて観た。
『ゾディアック』は大変面白い映画のように感じられたけど
(最初ジム・キャリーかと思ったジェイク・ギレンホールがよかった)
Facebookは、うーん、シンプルなのはいいけどそっけなくて
なぜこれが流行ったのか今のところ分からず。
日本向けにカスタマイズされているのだろうか?
映画を観ると「恋人の有無」って属性があったけど、
ざっと見る限り僕が触ったFaceBookにはない。
このサイトに5億人ものユーザーがいるってのは確かにすごいことだ。
とはいえ、僕としては今のところその実感はない。
登録しただけだと、何も見えてこない。


映画を見終わる。素直に面白かった。
でもこれって、作品や題材の面白さではなくて、
ただ単に今のデヴィッド・フィンチャーが脂乗ってて
何作っても面白くなるからというだけのことだと思う。


なんつうか、浅いんですよね。
嫉妬も裏切りもある人間のドラマなんだけど、どこにでも転がっているような。
かといってそれがリアルだ、現代という時代だ、と言ってしまうのも安易だ。
主人公、Facebookの創設者マーク・ザッカーバーグ
映画の大半を機関銃のように喋りまくる。
しかしその発言は自分や他人を取り立てて否定するのでもなく、肯定するのでもなく。
喜ばせるのでもなく(怒らせはする)。
思いついたことを反射的に口にしてるだけ。
つまり、葛藤を言葉に乗せてストーリーを展開させるという
古今東西の物語構造で重要視されていた役割がごっそり欠落している。
なのに周り(普通の人々)が勝手に動いていく。
本人は一心不乱に仕事するだけ。
何を考えているのか分からない。表情にも出ない。
かといってモンスターでもない。ただのその辺のギーク、ナードにしか見えない。
普通こんな映画つくっても失敗するのに。
そうはならなかったところにデヴィッド・フィンチャーの力量を感じる。
アカデミー賞では作品賞を逃しても、監督賞だけ取るかもしれない)


話の展開で「おっ」と思ったのは
ナップスター創始者ショーン・パーカーが
(あのジャスティン・ティンバーレイクが演じる)
Facebookのビジネスを拡大させるうえで大きな功罪のあったところ。
アメリカのエリート大学に特化したSNSで終わるはずが、
彼が加わった途端瞬く間に全世界へ。


面白いかどうかで言ったら僕は面白かったけど、他の人にお奨めはしない。
周りは例によってカップルばかりで、なぜこれを見る?
ってのがやはりよく分からず。


僕自身は
「ハーバード・コネクション」のアイデアを出したとされるが
マーク・ザッカーバーグに盗まれ、
大金持ちの息子でハーバードのボート部から北京オリンピック6位となった
双子のウィンクルボス兄弟の方が人間のドラマとして気になる。
マーク・ザッカーバーグも言っていたように
なぜ彼らがあれほどまでやっかんでいたかというと
彼らの人生において初めて、思い通りにならなかった出来事だったからだろう。