日本橋のビル

ゴールデンウィーク
日本橋の「まつたにラーメン」に行こうとして歩いていたら
新入社員のときに配属された部門の入っていたビルが
解体されて無くなっていたことに気付いた。
ぽっかりと空いて、更地になっていた。
歩きながら遠くから眺めて、そのまま立ち去った。
近くには寄ってみなかった。
なんだか、ビルに囲まれた空間の全体像をすっぽりと遠くから見ているほうが
感慨深いものがあった。
ああ、あんなに小さかったんだ。
社会人になって初めて働いたビル。
古くて暗かったけど、中はとても大きく感じられた。
自分という存在がちっぽけだった。幼かった。
物心ついて「家」というものを意識する、あの感覚に近かった。
そっけないエレベーターホールとフロアの机の並びと。
今でも覚えている。
電話が鳴って、新人だから出て、会社名を告げる。
あの、ドキドキした気持ち。
知らないことばかりで、うまくいかないことばかりで、
心の中ではビービーと泣いている。
先輩がいて、同期がいて、食べに行って、飲みに行って。
雨の日があって、晴れた日があって。
雷が鳴って外に見に行ったことがあった。
地上に出て轟くような空を見上げた。
そこには2年間だけいて、隣の駅の別のビルに移った。
そこから先は何年かおきにオフィスを移ったけど、どこも特に感慨は無い。
ただオフィスの入ったビルというだけ。
「最初」というものはこれほどまでに心に残るものなのか。
そしてそのビルがいつのまにか消えてなくなっていた。
元からそこになかったかのように。
僕はその光景を見ることができてよかったと思う。
この年になって。社会人になって10何年と過ぎて。
この世に、いつまでもそのままというものはない。
僕はその空間に近寄ったりはしなかった。
遠くから眺めて、そのまま立ち去った。
ゴールデンウィークが終わって、
僕はまた働き始めた。