「There She Goes」

去年だったか、一昨年だったか。
エドガー・ジョーンズというイギリスのミュージシャンを
雑誌か店頭で見かけて興味を持つ。何枚か買って聞いた。
R&Bを根っこに持ちつつ、いわゆるブルー・アイド・ソウルではなく。
マニアックでどこか宅録な匂いをさせつつ、
ファンキーでパンキー、ブルージーでスモーキーな密室系猥雑ロック。
50年代、60年代の日陰な音楽に対する愛がぶっとく感じられる。
これはツウ好みかと思いきや、ノエル・ギャラガーに気に入られて
解散前の Oasis の前座にも抜擢されたという。


出自を探ってみたら The Stairs だったんですね。
1990年代前半、『Mexican R&B』という書割のサボテン砂漠をバックに
ポンチョを着てソンブレロをかぶったエセ・メキシコ人2人のあいだに
銃を持った宇宙飛行士がロバと共に写っているジャケットの3人組、
冗談のようでいて音を聞いたら以外と本気、
話題になりつついつのまにか消えていた。
ふと思い出し、昨晩 iTunes に取り込んで今日の朝通勤途中に聴いた。
荒削りながら今の耳にもなかなかかっこいい。
ストーンズ・フリークの若造が勢いで鳴らす音。
痩せてるけどナリはぴしっとしている。
出掛けに解説を読んだらエドガー・ジョーンズ20歳の作品だった。


その解説では同郷、リバプールの The La's を引き合いに出していた。
なるほど。その対比、前にもどこかで読んだことがある。
『Mexican R&B』の前に1曲、「There She Goes」を聴いた。
何の変哲も無いシンプルなポップソング。
なのにやたらキラキラと輝いている。早い話が魔法がかかっている。
ビートルズとマージービートに例えられた。


「There She Goes」のあの透明感あふれるギターのイントロを耳にした瞬間、
様々なことを思い出す。個人的な出来事ではなく、当時の時代感と呼ぶべきもの。
1980年代末から1990年代初めにかけての、UKロックが最も面白かった時代のアンセム
The Stone Roses「I Wanna Be Adored」や Ride「Like a Daydream」ではなく、
印象的な名曲は多々あったけど、やっぱこれだよなあ。
同意してくれる人はきっと、多いと思う。


何回聞いてもそこに何があるのかよくわからない。
3分に満たない楽曲と演奏と歌があるというだけ。
そしてギターのリフと若くて、青い情熱。
Buzzcocks「Ever Fallen in Love」と並んで、ポップソングの奇跡。


The La's はアルバムを1枚出したきり、空中分解。
レーベルともプロデューサー(スティーヴ・リリーホワイト)とももめた。
中心人物のリー・メイヴァーズは当時の Rockin'on のインタビューでは
次のアルバムを作り続けていたようだが、完成せず。
表舞台から姿を消し、数年前再結成したけどまたギクシャクしてそれっきり。
たった1曲(人によっては数曲か)名曲を残して伝説となる。


その一方で日陰にいた The Stairs のエドガー・ジョーンズの方が
ミュージシャンズ・ミュージシャンとして
いつのまにか高い評価を得るようになった。


10年20年と記憶に残る曲を残す人と、10年20年と地道に活動を続ける人と。
さて、どっちが「ロック」なのかと言えば、どっちなんでしょうね?