日曜の夕方。いつものようにベランダに立って缶ビールを飲んでいた。
500の缶を2本目。7階。町を見下ろす。
(とは言っても目の前には高層マンションが2つも建っているのだが)
すぐ足元に3階建ての灰色の建物があって、その屋上。
僕と同い年ぐらいの夫婦が時々僕と同じ時間に上って来る。
背の高いクリーム色の囲いがある。
古びた椅子が2脚転がっていて、そこに座って缶ビールを飲む。
なぜかわざわざクーラーボックスを抱えて、椅子の脇に置いて、だ。
僕は心の中で「乾杯」と呟く。
今日もまた”3人”で缶ビールを飲んだ。
2人は何かを話し合ったあとで、椅子を離してそっぽ向いて飲んでいた。
僕はそんな2人を見たり見なかったり。3本目を取りにキッチンへと向かう。
勝手に会話を想像する。
「パスタを茹ですぎちゃったのよ」
「オリーヴオイルで和えればいいじゃないか」
本当はもっと真剣なことか、もっとたわいのないことを話しているのだと思う。
他人の会話というものはそもそもが意味不明な出来事なのだ。
戻ってくると、”旦那”の方がいなくなっている。
僕は替わりにその椅子に座りたいと思う。
上からの眺めしか知らないが、彼女はたぶん美人だ。
表情の細かいところまでは分からないが、そんなことはどうだっていい。
僕は彼女を屋上でしか知らない。
建物の周りや町の中で見かけたことがない。
もしかしたら彼女は実在しないのかも、いつもそんな結論に達する。
休憩に出た何かが”彼女”の姿を取って、
限られた空間を歩いているだけかもしれないのだ。
そして彼女にとっても僕は実在しない。
つまらないことに”旦那”がまた屋上に姿を現す。
そっと頬にキスをするが彼女は微動だにしない。
そして何かを手渡される。紙切れのようだ。その中に何かが入っている。
傾いた日差しに一瞬、鈍く輝く。
ゆっくりと立ち上がって彼女は開け放たれた扉の向こうに消えていく。
階段を降りていく静かな足音を僕は聞く。
残された旦那はクーラーボックスを開けて次の缶ビールを取り出す。
あの銀色のアルミは、僕が今飲んでいるのと同じだ。
彼はじっと前を見据えたまま、時々缶を口に運んだ。
彼の動きに合わせて僕も飲んでいると、そのうちにタイミングが合うようになる。
なんだか僕の方が彼を操作しているように思えてきた。
そしてそのうちに飽きてきた。
そう思ったころに旦那もいなくなる。
そこには椅子が2脚残されている。
僕もまた残されて、500の缶の半分と一緒になってそこに立っている。
扉はしっかりと閉ざされている。
空が暗くなる。
僕は夜になるのを待つ。