20代後半から30代前半にかけてSFばかり読んでいた。
ハヤカワ、創元、神保町の古本屋で安く見かけたらサンリオ。
10年近く、読んでたものの8割方はSFだったと思う。
(その前、20代前半は「世界文学」「現代文学」「ポストモダン文学」ばかりだった)
2年ほど前、忙しくなって中断したらそれっきり全く読まなくなった。
ロフトの片隅に未読のハヤカワ文庫の中古が山2つ分積まれている。
けっこうなコレクションになった。
珍しいものは読む気がなくてもとりあえず買ってたりしたし。
替わりにミステリを読むようになった。
短編のアンソロジーを中心に読む。
オットー・ペンズラーの年間傑作選は一時期欠かせなかった。
新幹線で帰省するときや海外旅行で飛行機に乗ってるときはたいがい読んでいる。
早い話が一番気楽で楽しいから。
いや、気晴らしや暇つぶしで読んでるのではなく。
どこに向かうか分からない現代アメリカ文学よりも、
プロットがはっきりしているミステリの方が没入しやすい。
そして、現代アメリカ文学よりも現代アメリカミステリの方が
アメリカの社会の今というものを物語的に刺激あるものとして描いているように思う。
それ自体が目的では無い分、すっきりしていて分かりやすい。
情報が得られやすい。
謎解き、トリックそのものにはあんまり興味が無い。
SFにて科学技術の進展とその扱い方を読み飛ばしているのと一緒。
世界観と登場人物の描かれ方、文体だけを読んでると言ってもいい。
その作品内にて展開される雰囲気に浸っている。
ミステリの何がいいかって
犯罪に象徴される人間の「負」の部分を描いているところ。
そしてそれをきっかけにどんな出来事が起こるか。
犯行者だけに負があるのではなく、
探偵なり警察官なり解決する側にも負があって
それがどう交錯するか、それによってストーリーがどう展開するか
というのがあるととてもいい。
仕事で疲れた昼休みに「ハヤカワ・ミステリ 解説目録 2011」
なんてのをパラパラめくっているのが最近なかなか楽しい。
あーこれ面白いのかな、なんて。
読書ってこういうときもまたいいものです。
本屋の棚の前で、最近お洒落になった
ハヤカワ・ポケミスのカバーを眺めるのも楽しい。
僕のお勧め短編集は
ローリー・リン・ドラモンド『あなたに不利な証拠として』
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スコット・ウォルヴン『北東の大地、逃亡の西』
http://www.amazon.co.jp/dp/4150018065/