小さい頃、隣に住んでいた女の子は犬を飼っていた。
青い色をしていた。毛も瞳も、歯も、全てが青色。
生まれつきだった。
あの頃は緑色の犬や黄色の犬もいたから、珍しいことではなかった。
女の子の名前はメイと言った。男の子として育てられた。
両親がそう望んだのか、髪はいつも短くてボサボサ、半ズボンをはいていた。
夏になると犬と共に犬小屋で寝起きした。
朝起きるとホースの水を頭からかぶって、庭先で家族揃って肉を焼いて食べた。
それが普通の、男の子や女の子の育ち方だった。
あの街なりの普通だった。ボクもそうだった。後に奥さんとなる人もそうだった。
夜になるとどこかの家の犬小屋に忍び込んで誰かと一緒に眠る。
夜明け前に起きて自分の家に戻る。犬は飼ってなかったけど、犬小屋はあった。
犬に名前をつけてはいけなかった。ボクらは仮に、色で呼ぶしかなかった。
青い犬は青い犬だった。
それで言ったらボクにも名前はなかった。
特にそんな決まりはなかった。理由はなかった。そして今も名前はない。
ある日、青い犬が死んだ。
ボクは隣の家のメイと共に地面を掘って犬を埋めた。
その日からメイは女の子になった。犬小屋で眠ることはなくなった。
スカートを履いた。髪を伸ばした。そしてボクと言葉を交わすことはなくなった。
女の子の一家はしばらくして街を去った。
ボクは名前がないから街を出られないのか、街を出ないから名前がないのか。
他に何人か同世代にそういう人たちがいた。だからと言って特に親しいわけでもない。
他の人たちと共有する可能性のある性質のひとつというだけでしかない。
40歳を前にしてボクはまた犬小屋で寝起きするようになった。
夏は裸で、冬は毛布を持ち込んで眠った。
相変わらずボクの家では犬を飼うことは許されなかった。
ボクの奥さんが時々、犬小屋にもぐりこんできた。
夢の中でボクは青い犬になった。ワンワンと吠えた。尻尾を振った。
女の子のことを思い出した。どこかで幸福に暮らしているだろうか。
赤い犬、白い犬。紫の犬、黄金の犬。
透明な犬が透明な飼い主によって飼われている。
ボクは言葉を忘れていく。失っていく。
新しい何かを覚えるということはない。
犬小屋の中で日々を繰り返し、ボクの人生が終わるのを待つ。
ボクはどこかの誰かの家の、青い犬になることを願う。