『家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』

家族喰い――尼崎連続変死事件の真相

家族喰い――尼崎連続変死事件の真相


昨晩は会社の帰りに神保町の三省堂にて行なわれた
『家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』
http://www.amazon.co.jp/dp/4778313828
を昨年出版した小野一光と
放送禁止歌』や『A』『A2』などで知られる
ドキュメンタリー映画作家森達也の対談を聞きに行った。


三省堂の1階のレジカウンター前にパイプ椅子が並べられる。
予定された50名の席は全て埋まったのか、椅子が追加された。
20時半開始。二人が登場する。
開口一番、森達也トークショーのポスターを見て
「ここまで当人が写真そのままなのも珍しいですね」と
誠実で温厚そうなんだけど、どこか翳りがある。


電話で一瞬だけ話をさせてもらったことがある。
以前お世話になった方が仕事のつながりがあって、
先日飲んでたときに何かの弾みで尼崎の事件の話になって
「今度小野さんと飲むんだけど、どう、岡村さんも来る?」と。
さっそく電話を掛けて、携帯を渡されて
「あ、どうもはじめまして」などとぎこちなく挨拶を交わす。
結局都合が付かずでお会いできなかったけど
腰の低い丁寧な感じの方だった。


最初はこの本を出すまでを一人で振り返る。
アルバイトから白夜書房に入ってエロ雑誌の編集、それをすぐにやめて
23歳にして日本を飛び出しカンボジア内戦へ、その後湾岸戦争へ。
戦地を回って記事を書く。
日本に戻ってくると食っていくために風俗関係の記事を書く。
今も週に一人は風俗産業で働く女性に会って、インタビューしている。
戦争は国と国とのせめぎ合いであるとするならば
風俗嬢は会って話してみるとその一人一人に葛藤があって
内面と内面とのせめぎ合いであるのだという。
それがやがて殺人「事件」という人と人のせめぎ合いとなるのは必然のことだった。


何人もの人を殺した殺人犯の引き起こした出来事を追ってみると
目を背けたくなることややりきれないことばかりに突き当たる。
それでも、「誤解を怖れずにいえば」殺人犯とは面白いものだという。
北九州の一家を監禁して殺し合いと死体の処理をさせた事件で
主犯の男松永太は拘置所で会ってみると、明るく朗らかに自分の無実を語り続けた。
また別の、四人の人間を殺害した犯行当時20歳の若者は
最初面会に行っても乱暴な受け答えを繰り返すばかりだったのが
やがて心を開くようになり文章や描いた絵を見せるようになった。
そして彼女がいる、誕生日なのでご飯をおごってやってほしいと。
小野さんはその彼女に電話をして事情を説明して、会って食事をした。
まだ未成年だった。最初はレイプだったのだという。
しかし何度か会ううちにその優しさに気づいてたまらなく好きになった。
彼らの犯した事件は否定できない。
しかし、生身の人間として接してみると人として割り切れないものが残る。


こういった殺人事件は最近全く人気が無いのだという。
週刊誌で扱わなくなった。文春ぐらいか。現代は全く扱わなくなった。
読者もアンケートで面白かった記事に推すことがない。
年間の発生件数も1万件を切ったということもあるのだろう。
先日ある雑誌の編集者に言われたのが
「(47歳の)小野さんより若いライターはいなくなりましたね」と。
事件だけでは食っていけない。


そんな小野さんも
大震災の翌日に南相馬に入って長いこと過ごして記事を書き続けて、
戦場で見かけるよりもはるかにたくさんの死体に遭遇して
殺人事件について書くのはむなしいと感じるようになった。
尼崎の事件も最初、マスコミが群がって日々盛んに報道していて
自分の出る幕はないと思っていた。
それがあるときパタッと、角田美千代の自殺以後報じられることが無くなった。
報道側でも写真を取り違えたとか、
拘置所内の自殺が警察の不祥事だから扱いにくくなったなどはあるが、
それだけではない。ここには何か問題となる事がありそうだと。


本題の尼崎の事件の話になる。拘置所の自殺のこと。
自殺を選んだのはあくまで角田美千代であると思うが、真相は…
又聞きだったり、話を聞けてもその人の信憑性の問題があったりで
本には書けなかったことがあって、それが聞けた。
ただ、自殺を選んだのはネット上に出回っている謀殺説ではなく
あくまで角田美千代本人。
2012年12月12日に死んだのは数字、ゾロ目の好きな角田美千代らしさがあるから。
などなど。


事件については本を読んでもらうのが一番だと思う。
対談では、本の中にもあった「角田美千代はモンスターではない」
という発言が印象に残った。
弱い者に強く、強いものには弱いという根は普通の人だった。
森達也も洗脳はそれほど難しいことではないと語る。
何が周囲から孤立させ、エスカレートさせるのか。
こういう事件は尼崎という土地柄だけが生んだのではなく、東京でも起こりうる。
助かったのは勇気を出して声を上げた人。
犠牲になったのは角田美千代のような外から来た人間に
身内の恥と指摘されたときに、身内だけで何とかしようとして隠そうとした人。
そのような結論で締め括られた。

小野さんの書いた風俗嬢とのインタビューの本も読んでみようと思う。